『半世界』阪本順治監督インタビュー

『半世界』阪本順治監督インタビュー
提供:シネマクエスト

数々の名作を世に送り出してきた阪本順治監督の新作『半世界』は、本人が脚本も手掛けた完全オリジナルのストーリー。40歳を目前に、久しぶりに再会した三人の男性を通じて、彼らが直面する人生についての葛藤や、家族、友人たちとの絆、そして未来への希望が描かれる。ユーモアが散りばめられたセリフの中に、社会への真摯な目線と未来への希望を込めた阪本監督。主人公の炭焼き職人に、“新しい地図”として出発した稲垣吾郎を配した監督の狙いは何だったのか。そしてオリジナル脚本に込めた思いは?

今回はご自身による完全オリジナルのストーリーですね。

■阪本順治監督元来、本を読むことは好きで、自分が見つけた原作の中で「やりたい」と思ったのは『魂萌え!』(原作:桐野夏生)だけ。オリジナル脚本のほうが、ゼロから立ち上げるので喜びが強いね。まだ手を付けていないことをあれやこれやと探るのは困難だけれど、見つけた時は嬉しいものだよ。

海外ロケの大作から、今回の舞台は三重県の南伊勢町。阪本映画らしい振れ幅ですね

■阪本順治監督『人類資金』でニューヨーク、ウラジオストクとタイ、前作の『エルネスト』ではキューバに行って、『団地』では宇宙にまで行っちゃった(笑)。だからそろそろ日本の田舎が舞台の物語を撮りたいと思った。これもまた『エルネスト』をやった反動から生まれた気持ちです。

この作品の主人公は炭焼き職人という設定。稲垣吾郎さんがそれを演じる“意外性”が楽しみです。

■阪本順治監督まだ映画化していないストーリー、脚本のストックの中に「炭焼き」についてのものがあって、稲垣くんに演じてもらったらおもしろいと思ってた。炭焼き職人の格好をした彼もいいんじゃないかと、オファーするときのリアクションも楽しみだった。テレビの中にいる人気者の稲垣くんと違って、普段の彼は冷静で素朴で落ち着いた人。そんな彼が醸し出す雰囲気が、主人公・高村紘とつながるんじゃないかと思ったんです。そしてもうひとつ、久しぶりに再会する同級生の設定は、フランス映画『画家と庭師とカンパーニュ』(07年・ジャン・ベッケル監督)の影響。これは幼なじみが老人になってから再会する話で、それを換骨奪胎して。当初、瑛介(長谷川博己)の設定は、活躍できずに引退したプロ野球選手だった。それを元自衛官にしたのは『エルネスト もう一人のゲバラ』を撮った影響かな。今のキナ臭い時代に映画を撮るなら社会性は含んでおきたい、と。

炭焼きは特殊な職業ゆえ、稲垣さんの役作りも大変だったかと。

■阪本順治監督4、5年前、炭焼きについて調べた時、この仕事は1年365日、休みがないことを知った。例えば正月に窯出しのタイミングが来てしまったら正月返上。そういう仕事なんですね。陶芸家のようなアーチストって感じではないけれど、炭焼き職人も基本は“モノ作り”の人なんです。経験と勘に頼らないといけないことも多く、窯出しのタイミングを少し間違っただけで台無しになってしまう。作業の工程は単純だけど、奥行きがあって相当な技術が求められる。それを、たったひとりでやっている。「こんなこと、ひとりでやってきたのか」という瑛介のセリフは、実は我々が最初に口から出た感想なんです。稲垣くんには窯出しとチェーンソー(で木を切ること)は練習してやってもらったけれど、熟練じゃないとできない作業は割愛した。吹替えは嫌だったんでね。

そんな休みのない炭焼きの仕事ですから、撮影させてくれる製炭所を探すのは大変でしたか?

■阪本順治監督撮影の都合での「こうしたい」のリクエストを聞いてくれる炭焼き職人を求めて、やっと探し当てたのが南伊勢町「マルモ製炭所」の森前栄一さん。だから自動的に南伊勢がロケ地になった。そこには豊かな自然がありリアス式海岸の独特な風景があって、映画が求める贅沢な風景がいっぱいあった。それはすごくツイてた。ちょうど森前さんは伊勢志摩の備長炭のブランドを大きくしたいと思っていて、映画がその後押しになればと協力してくれたんです。

キャスティングについてお聞きしたいのですが、男性3人もさることながら、池脇千鶴さんが素晴らしいですね。

■阪本順治監督30代後半になると、女優は誰かのお母さん役だったり妻役。常に“誰かの何か”。そんな中でひとりの人間として何かしら矜持を持っていて、いろんな場面で役の中にそれを含んでくれる。池脇さんにはそんな期待をして、応えてくれた。彼女みたいな、きちんと生活の匂いがする女優さんが少なくなった。

阪本監督は、これまで年に1本くらいのペースで作品を作ってこられました。今や還暦を過ぎましたが、今後は……。

■阪本順治監督60歳になったら、もう(映画を)辞めようかと思ってた。映画界にいた経験を利用してまったく違う職業を、と思ったこともあったけれど、実際になってみたら「より一層無茶しようかな」と(笑)。まだ手を付けていないことはたくさんあるし、世界情勢は常に動いてる。助監督ふくめて40年、同世代が経験してないことをやってきてるわけだし、まだまだ刺激を与えられるな、と。時代と関わることに鈍感ではいけない。不感症になっては、ね。今まで通り(自分の)身体のことは気を付けないと思うけど(笑)。

【取材・文】川井英司

最終更新日
2019-02-08 12:27:40
提供
シネマクエスト(引用元

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