- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-07-23
親しげではあるが、どこか排他的なところもある、アメリカの片田舎に、突如、現れる来訪者が、歓迎されるかに見えて、結局は排除されるという筋立て、とりわけ女性が数の上で優位を占める環境に、いかにも男っぽい存在が放り込まれ、安定を誇っていた集団に、確実に、ある動機をもたらしたあげく、残酷にいたぶられる陰惨な光景は、例えばドン・シーゲル監督とクリント・イーストウッドのコンビによる異色作「白い肌の異常な夜」を想起させる。
「ピクニック」でキム・ノヴァクが演じた17歳の娘は、誰もが賞賛し、見惚れずにはいられない美しい娘だった。
周囲の人々も、その美しさを祝福し、温かく見守っていたし、彼女もまたそのことを充分意識し、髪の手入れやドレスの選択に余念がなかった。
だが彼女は、一方で自分が人々の視線を集め、鑑賞される人形でしかないことに悩む脆弱ささえも併せ持つ娘だったのだ。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-23
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なぜアンナが失踪したのか、彼女がいったいどうなったのか、さっぱりわからないまま、この物語は進行していく。
クラウディアとサンドロがいくら探し回っても、手掛かり一つつかめないのだ。
そんな状況の中で、惹かれ合っていく二人の愛は、ひどく不安定で心もとない。
第一、本当に彼らは愛し合っているのだろうか。
もしかしたら、アンナが突然いなくなったという奇怪な現実を前に、説明のつかない恐怖心、不安感にかられ、思いを同じくする者を本能的に求めただけかも知れない。
サンドロの浮気を知って絶望するクラウディアと、男泣きする彼、その肩をそっと抱く彼女で終わるラストは、何とも曖昧模糊としており、宙ぶらりんで放置されたような妙な気分になってくる。
この映画は"愛の不毛"というより、不毛な土地すら失われてしまったとも思える空漠感がやり切れなかった。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-23
被害者そっくりの人形の首を、鎖で吊るすミステリアスな予告殺人、意外な黒幕も登場する、ドンデン返しのストーリーが展開していく。
「オーロラ殺人事件」のドン・シャープ監督の演出は、オランダの特色を活かし、狭く入り組んだ運河で繰り広げられる、モーターボートでのチェイスが、実にスリリングで面白かったですね。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-23
「デンジャー・ポイント」は、オランダのアムステルダムを舞台にした、アリステア・マクリーン原作の「麻薬運河」の映画化で、インターポールの捜査官が、国際的な麻薬密売組織を追うサスペンス・アクションだ。
オランダへ到着早々、殺し屋に命を狙われた捜査官は、助手のバーバラ・パーキンスと麻薬ルートを探って、本拠地に潜入するが、味方は殺され、自らも捕まってしまう---------。
「きんぽうげ」に出演した、スウェーデンの俳優スヴェン=バーティル・タウベが、クールに主役を演じている。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-23
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犯人が見つかることと結婚は何の関係もないはずだが、しかし殺人の容疑者をかくまって、その言葉を信じ、真犯人を自分で探すというのは、相当な覚悟のいる仕事だから、それを実行することによって、ファニー・アルダンは愛を告白することになる。
つまり彼女は、二重のマン・ハントをして、犯人と夫を同時に捕らえるわけだ。
一人の女優のために、彼女だけのために作られた映画であるという点も、この映画を楽しくしている。
日曜日が待ち遠しい!
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-07-23
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推理小説の中の探偵は、シャーロック・ホームズからリュー・アーチャーまで、まず男と相場が決まっているのに、映画では女が探偵をつとめる場合が多い。
つまり女の方が絵になるのだ。
このフランソワ・トリュフォー監督の遺作となった「日曜日が待ち遠しい!」の中では、ファニー・アルダンが大活躍する。
彼女は小さな不動産屋のさえない社長(ジャン=ルイ・トランティニャン)の秘書で、殺人の容疑者になった社長を助けるために走り回る。
もちろん彼女は、ひそかに社長を愛しているのだ。
最後に見事に犯人は見つかり、二人は結婚する。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-23
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バレリオ・ズルリーニ監督は、イタリア人の立場から、イタリア人が侵略した国で何をしたかを描くのは、辛いことだったと思う。
そして、その気持ちは痛いほど、画面の中に刻まれている。
国境の町が燃え盛り、イタリア兵は暴虐を振るう。
エフティキアは、パルチザンに参加するために去っていった。
マルチーノ中尉は、自分と銃火を交えるかもしれない彼女を、複雑な気持ちで見送るのだった---------。
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-07-23
1940年10月28日、イタリアはギリシャに侵攻し、蹂躙した。
ジュリアーノ・ジェンマと並ぶ、マカロニ・ウエスタンのスターだった、トーマス・ミリアン扮するイタリア軍のマルチーノ中尉は、戦火の中を12人のギリシャ人慰安婦を国境へ運ぶ任務を与えられた。
その慰安婦の一人に、「太陽がいっぱい」で私を虜にしたマリー・ラフォレ扮する、憂い顔の美しいエフティキアがいた。
バレリオ・ズルリーニ監督は、トラックに乗った女たちや、それに同乗するイタリア軍の将校たちをとらえながら、戦争の勝者と敗者をじっくりと見つめていった。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-23
🎹今朝のNHKラジオ深夜便アーカイブスはフジコ・ヘミングInterview,ショパンの演奏会,人生を振り返えった貴重な番組
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-22
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鏡ひとつで見せる、愛の燃え上がり。結婚式でさんざん待たせる女心。
美容院で、突然、夫の浮気を感じる彼女。髪を振り乱したまま、鬼女の形相で証拠を探すところなんかは、とにかく凄い。
宝石屋の言葉から、さらなる夫の浮気を知って、表情を変える彼女。
演じるメリル・ストリープは圧倒的にうまいけれど、マイク・ニコルズの演出は、憎い程に見事ですね。
このマイク・ニコルズ監督と言えば、忘れることができないのは「卒業」ですね。
あの時、ダスティン・ホフマンは、キャサリン・ロスを結婚式場から奪って走った。
走ってバスに飛び乗った。あれから長い月日が流れていった。
愛していても、長い年月の中で、男は時に他の女に燃え上がる。いや、女だってそうかもしれない。「卒業」が恋愛篇なら、「心みだれて」は結婚篇。
ラストは、二人の子供を連れた彼女が、ワシントンからニューヨークの実家に帰るところ。
男と女って何だろう? 結婚って何だろう?
身につまされて、笑い転げて、ほろっと胸を熱くさせてくれる映画だ。
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-07-22
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この映画「心みだれて」は、大人の鑑賞に耐え得る映画ですね。
内容は、結婚に関する喜劇であり、悲劇を描いていますね。
メリル・ストリープとジャック・ニコルソンの二大演技派俳優の競演。
この二人は、ジャンルこそ違うが、共に第一線で活躍するコラムニスト。
友人の結婚式でと知り合って、心が揺れて結婚へ。子供の誕生。夫の浮気。別居から、また仲直り。二児の誕生。夫の再びの浮気。女の自立、男の自由と、そんな堅苦しいことを、この映画は描いていない。
知的な家庭のごくありふれた生活。その中のさざ波を、この映画は実に鮮やかに描いて見せるんですね。
揺れ動く女の心の綾、そのディテールが、まことに的確に捉えられている面白さ。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-22
この「赤い殺意」は、「にっぽん昆虫記」で、土俗的な性のリアリズムを描いた今村昌平監督が、再び挑戦的に”性”を描いた作品だ。
この作品は、今村昌平監督の作品の中でも、非常にユニークな傑作で、暴行された女性が、被害者である事を逆手にとって、その立場を加害者と逆転していくという、新しい視点になっている。
封建的な、家中心の思想の強い東北地方を舞台に、古い因習の重圧に苦しむ、小心な女性が、ある事件を契機に、強い女性へと変貌していく様を、リアルに描いた、今村昌平監督の真骨頂とも言うべき作品だ。
”日本の女性はどんな目にあっても凄いぞ”という日本の母系家族が一つのモチーフとなっていて、地味な題材を暗くせずに、女性の深奥に隠れているバイタリティや生命力の噴出を描いて、今村節が冴え渡る重喜劇の傑作だと思う。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-22
メーデーのデモ隊に対する襲撃とか、左翼に対する弾圧などが掘り起こされて、セミ・ドキュメンタリー・タッチの画面の連続だ。
フランチェスコ・ロージ監督は、この後もマフィア追及の映画を撮り続けたが、それはイタリアでは命をかけた戦いに等しいのだ。
黒い霧は、決して去らないからだ。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-22
1950年7月5日。シシリー島で、サルバトーレ・ジュリアーノという30歳の男の射殺死体が発見された。
彼はなぜ殺されたのかというのを、過去にさかのぼって見せていくこの映画に、生前のジュリアーノは登場しない。
彼が関わった事件だけが再現されていく。
出だしから、グイグイと画面に惹きつけられた。
死者はマフィアの一員だった。警察とか憲兵とかにも関係があった。
そのせいか、事件の証人や容疑者が、次々と殺される。
そして、何も解明されないまま映画は終わるのだ----------。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-22
そんな個人的な思い入れはともかく、「陽のあたる場所」「シェーン」の名匠ジョージ・スティーヴンス監督は、広大なテキサスの大地を思わせるこの題名に、ロック・ハドソンのビックとジミーのジェットという二大人物を、旧体制と新体制とに象徴させ、アメリカ近代史の再確認をしているのだと思う。
そして、ジョージ・スティーヴンス監督は、どちらが正しいと言っているわけでもなく、どっちも同じテキサス人なのだから、つまるところ主義主張に変わりはないのだと言っているのだと思う。
強いて言えば、家庭を作っているビックの方が幸福ではないかと、言っているに過ぎない。それより、人種偏見や人種差別といった根強いアメリカの恥部をきちんと描いており、その問題提起の方がより心に残ります。
広大な荒野の代わりに、白人と混血の赤ちゃんで映画が締め括られるのは、人種偏見がなくなって欲しいというジョージ・スティーヴンス監督の願いであり、アメリカへの限りない信頼と愛情なのだと思う。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-22
ドラマティックなシークエンスが多い「ジャイアンツ」ですが、そこには必ずジミー演じるジェット・リンクがいる。テキサス一の牧場主、ベネディクト家から冷遇される彼は、エリザベス・テイラー扮する若妻レズリーに、恋慕の情を抱き続け、逆転のチャンスを待っている。
そして、油脈を掘り当て、ロック・ハドソンを殴りつけるジミーほど、心に焼き付いたキャラクターはいない。「理由なき反抗」「エデンの東」のジミーもいい、だが私にとってのジェームズ・ディーンは、このジェット・リンク以外にない。
それというのも、ただ成り上がってしまうだけではなく、結局はレズリーに思いを告げる事が出来ない、敗北者として惨めったらしい醜態まで晒してしまうからだ。大金でもステータスでも、決して埋める事が出来ない、"巨大な孤独感"を死ぬまで抱き続けるこの男の姿が、他の数々のスクリーン・ヒーローを蹴落とし、常に理想の存在として私の心の中に存在するのです。
そんな人物を登場させてくれただけでも、この作品は忘れがたい作品となっているのです。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-22
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このジョージ・スティーヴンス監督の名作「ジャイアンツ」は、エリザベス・テイラー扮する主人公の女性レズリーの広大な西部のテキサスでの生活や、牧場主であるロック・ハドソン扮する夫のビックとジェームズ・ディーン扮するジェット・リンクとの確執の狭間に立つレズリーの姿を通して、時代の大きな流れの中で揺れ動く、20世紀初頭のアメリカ西部をダイナミックに描いた一大叙事詩ともいうべき作品だ。
東部の名家に育ったレズリーは、長身のテキサス男のビックと結婚し、大牧場へと嫁いでいく。ラズというビックの姉が仕切るベネディクト家は、旧態依然とした昔ながらの大地主だ。
進歩的なレズリーは、使用人のメキシコ人の扱いなどで夫のビックと度々衝突する。やがて、牧童頭のジェットが地道に発掘調査を行っていた土地から、石油が吹き出し、彼はたちまち大富豪に------。
轟音とともに石油が吹き出す。空を仰ぎ、全身でそれを浴びるジェームズ・ディーン------。ロック・ハドソンの大地主に代わって、蔑まれ続けた弱者が勝者になる瞬間が、まさにこのシーンだ。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-22
リアリティという意味で言えば、ギャング三人が盲目の女性一人を相手に、あそこまで手の込んだ芝居を打つだろうかとか、スージーがああまで懸命に人形を守る理由がないなど、突っ込みどころはあるが、これはリアルな犯罪映画というより、パズラーに近い人工的なエンターテインメントなんですね。
緻密な設定と伏線が、ジグソーパズルのように噛み合って、サスペンスを醸成する、知的遊戯なのだ。
そういう意味において、これは精緻な脚本と演出によって、職人的に作りこまれた、見事に知的なサスペンス映画の傑作であると思う。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-07-22
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そして、有名なあのラスト。絶対絶命を悟ったスージーは、無我夢中でアパート中の電灯を壊して回る。
暗闇が、彼女を守る最後の砦となるのだ。
アメリカでこの映画が上映された時、このシーンでは、映画館中の電灯が消え、実際に客席が真っ暗闇になったそうだ。
心憎い趣向である。そういう状態でこの映画を観たら迫力は倍増だろう。
冷酷な殺し屋ロートが、盲目のスージーを容赦なく襲うクライマックスに盛り込まれた、サスペンスを盛り上げるためのアイディアの量は、半端ないものがある。
マッチとガソリン、ステッキ、そして冷蔵庫。あらゆる小道具大道具が、驚くべき展開を担う。
そして、追い詰められるスージーの絶望の演技と、名優アラン・アーキン演じるロートのサディスティックな凄み。
今観るとそこまで強烈なことは何もしていないにもかかわらず、もの凄く、非常に残虐でサディスティックな印象を醸し出す。
もちろん、それは華奢なヘプバーンの恐怖に打ち震える演技の見事さにもよるものだが、それまでの伏線がガッチリ効いているからでもある。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-22
テレンス・ヤング監督の「暗くなるまで待って」を久しぶりに観たら、かつて観た時より面白かった。
もともと芝居だった作品で、舞台がほぼアパートの中だけに限定され、緻密な脚本の妙と役者の演技で魅せる渋いサスペンスものだ。
ハリウッド製の派手なスリラーに比べると地味に思えるかも知れないが、精密に計算し尽くされた脚本は、お見事の一言。
だんだんと緊張感が高まっていき、最後には息をつかせぬ迫力で我々観る者を釘付けにする。
CGもエロもグロも血みどろもなし。これこそ美しき職人技だ。
主人公のスージーは盲目で、彼女の夫が麻薬入りの人形をたまたま預かってしまうことから、ギャングたちの抗争に巻き込まれてしまう。
要するに、彼女のアパート内に貴重な麻薬入りの人形があり、それを手に入れたいギャングたちが、あの手この手でスージーを騙す、という話である。
スージーを演じるのはオードリー・ヘプバーン、彼女を騙そうとするこわもてのギャングたちは三人。
スージーの夫は、最初と最後に出てくるだけで、彼女の力にはなれない。
彼女のヘルパーになるのは、小さな女の子一人だけだ。