- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-19
楽しみにしていた作品を早速鑑賞しました。
二部作の後編、完結作品なので、期待も高まります。
インド映画は、時間が長いので、慣れない方は、その展開について行けない感がたまにこちらに伝わって来ます。
が、熱量の衰え知らずのインド映画の力に、何時しか、馴染んでいる様です。
長い尺でも、丁寧に、豪華にきらびやかに展開するので、見飽きないのです。
大型スクリーン対応ではあるが、映画を追求しているだけあり、どの映画館でも、堪能できる様です。
ハリウッドを超えるインド映画も、バイオレンスモノが増えたが、個人的には、
きらびやかに展開するインド映画が大好きです。
日本人がインド映画を知るきっかけとなった。『踊るマハラジャ』に並ぶ作品。
王の中の真の王とは、正に、慈悲の権現。
最後の展開に、あれ?となるが、王の気品、資質を備えた者は、王になるべくしてなる。
慈悲のある勇者こそ、黄金の河の流れをくむ、虎(勇ましく品格があり、威厳もある)の様でもある。
慈悲の権現は、常に、他の心を動かすのである。
その意味をあなたも新たにするだろう?
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-19
今朝のNHKラジオ深夜便を聴いて居たら謎深い茶人の千利休の新説も併せて紹介されていて興味を惹いた。本篇の如く秀吉の朝鮮出兵の観点も気に為る処だが真相は如何
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- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-19
月面基地での入浴シーンが何とも長閑な本篇,監修・光瀬龍はSF作家で在ると同時に龍ロン先生の虫眼鏡の昆虫エッセイストだった。怪獣映画にもそんな学者風な一面も
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- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
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ジョンフォード監督自身の言葉を借りれば、「家族の一員となることができなかった一匹狼の悲劇」が、ここで鮮やかに浮き彫りにされてくる。
娘は取り戻した。だが、イーサンには、その娘と失われた愛を回復させ、育んでいく場もなければ、また、それができるとも思われない。
愛は不在のまま、孤独な魂を抱えた肉体だけが、そこには存在していて、なんとも切ないのだ。
だが、その切なさが、たまらない魅力となっている異色の西部劇だ。
ジョン・フォード=ジョン・ウェインのコンビ作の中では、最も好きな作品であり、ジョン・フォード監督の最高傑作だと思う。
ジョン・ウェイン自身も語っているように、「イーサンは悪役である。だが、この悪役は滅法、魅力的である。」と。 それは、ジョン・ウェインが演じたためでもあるのだが、単に憎悪に燃えて、執拗なまでにコマンチ族を追うだけの男ではなく、その内に、愛の不在を宿しつつ、荒野を流離うしかなかった孤独な魂、男が本来持ち合わせている、あるいは、それに限りないロマンを感ずるという事を表したものだったからだ。 ジョン・ウェインは、後に「勇気ある追跡」で、アカデミー主演男優賞を受賞しているが、この映画での悪役イーサンの演技の方が、優れているのではないかと、個人的には思っています。 復讐の鬼と化し、数年かけてコマンチを追い、遂に酋長のスカーの死体の頭皮をはぎ、娘を抱きかかえ、「家に帰ろう」というイーサン。 彼は突如として、ヒューマニズムを回復させるが、その連れ帰るべき”家”は、イーサンにはないのだ。
この「捜索者」は、 ジョン・フォード監督とジョン・ウェインのコンビ作の中での最高傑作だ。 正義感に溢れ、心優しくヒューマンというのが、ジョン・フォード監督とジョン・ウェインが創り出した西部劇のヒーローのイメージだ。 だが、この映画「捜索者」の主人公イーサンには、それはない。 放浪の旅から帰り、インディアンとの混血青年が、家族に加わっているのを見ると、不快感を現わすし、コマンチ族の妻となった娘を、我が子であっても殺そうとする。 偏見に満ちた、復讐鬼なのだ。
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-06-18
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このクライマックスの決闘シーンは、西部劇史上でも有数の見事なラストシーンになっていると思う。
自分に恨みを持つコバーンは、自分をあっさりとは殺さずに、ジワジワとなぶり殺しにするだろうから、そこにチャンスが生まれるというヘストンの読みがモノをいうラストでは、あちこちを撃ち抜かれて、崖から落ちて瀕死の状態になったヘストンのところへ、勝ち誇ったコバーンが降りて来て、とどめを刺そうと身をかがめたその瞬間、コバーンの背中からのショット-------。
コバーンの背中に、いきなり銃弾の穴があいてドサリと倒れると、その向こうに寝たままのヘストンが見え、その左手に拳銃が握られているという鮮烈なショット-------。
カメラの角度をうまく活用した、アンドリュー・V・マクラグレン監督の斬新な演出が楽しめましたね。
奸智に長けたコバーンは、ヘストンの裏をかいて彼の娘バーバラ・ハーシーを誘拐して逃げてしまうのだ。 ヘストンは追手と共にコバーンを追跡する事になるが、その一行に娘の恋人で、見るからに頼りない青年のクリス・ミッチャも同行することになる。 その後、追手の一行はコバーンの策略で、ヘストンとクリスの二人だけで追跡を続けなければならなくなってしまう。これがコバーンの狙いで、岩山の中腹に陣取った彼は、ヘストンたちが双眼鏡でこちらを見ていると知ると、部下たちにバーバラを犯させる。 だが、頼りない青年と思われたクリスは意外にも、冷静沈着でヘストンが顔負けするするほどの勇気と機敏な行動を見せ始めるのだ。 そして、クライマックスは、いよいよ、ヘストンとコバーンという2大スターの対決となっていく。
この「大いなる決闘」は、ジョン・フォード監督の後継者として期待された、アンドリュー・V・マクラグレン監督が撮った西部劇で、本当に西部劇らしい味のある西部劇だ。 すでに西部開拓時代が終焉を迎えたアリゾナが舞台で、かつては鬼保安官として名を馳せたチャールトン・ヘストンも、今は歳をとり、引退を間近に控えて、娘と二人で静かに隠居生活を送ろうと考えていた。 そこへ、かつてヘストンが刑務所に送った、白人とインディアンのハーフのジェームズ・コバーンが脱獄し、重なる恨みをはらそうと復讐のために一味を引き連れて、近づいて来る。このコバーンの屈折したハーフの悪党ぶりは、凄みがあって実に素晴らしい。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
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この映画が成功したのは、オリジナル脚本の、人間への優しく、温かいまなざしにあったのだと思います。
我々の知るホームズは、いささか完璧すぎて、人間としてエキセントリックで、とっつきにくい面がありますが、この映画での若きホームズは、激しく、美しい恋もするというような人間らしさを持っています。
この事が、作品全体をより人間らしさに包まれた優しく、明るい雰囲気を醸し出しているのだと思います。
また、この映画のもつスピーディなテンポの良さは、何と言ってもバリー・レヴィンソン監督の演出の腕だと思います。
ホームズとワトソンが手製の飛行機で飛ぶ、クライマックスの胸がワクワクするような快調なテンポは、まさしくヤング・シャーロックにふさわしい楽しさに満ち溢れています。
ロンドン市中に隠されたピラミッドの恐怖を、若きシャーロック・ホームズが追いかけ、その謎を解明していくというストーリーだと聞いただけで、ワクワクしてくる映画です。 この映画は、まずホームズの生涯の友となるワトソンとのパブリック・スクールでのめぐり合いの場面から始まります。 そして、ホームズの推理が、決して超人的な飛躍を見せるのではなく、かなり理詰めで現実的であったという事を、ワトソンとの交流と日常生活上の小さな謎解きの中で語っていきます。 そのホームズが初めて遭遇した大事件。 シャーロック・ホームズの原作者のコナン・ドイルが書かなかったホームズの若き日の事件を、ホームズならこういうように謎を解明しただろうという、いわば、ホームズの行動原理を推理しながら謎解きをさせるという二重構造の面白さが、この映画の最大の見どころなのです。
この映画「ヤング・シャーロック ピラミッドの謎」は、探偵小説史上、最も有名な名探偵シャーロック・ホームズの若き日の大冒険を描いた映画です。 もちろん、原作にはない映画用のオリジナルで、製作総指揮がスティーヴン・スピルバーグ、監督が「レインマン」「ナチュラル」のバリー・レヴィンソン監督、脚本が「ホーム・アローン」「ハリー・ポッターと賢者の石」の監督でもあるクリス・コロンバスによる作品です。 霧に覆われた、暗く陰鬱な都市ロンドン。そのロンドンで、謎の吹き矢で名士たちが次々と狂死してしまう事件が起こります。 連続殺人事件、そして、その犯人はいったい誰なのか? そして、何が目的なのか?。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
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もともと、この爆発の模様をしっかりと撮った当時のニュース・フィルムが現存していて、それを実際に入れて再編集したわけだが、ここにロバート・ワイズ監督の大きな意図があったように思う。
あの白黒のニュース・フィルムを入れることによって、時間と空間を見事に合致させ、一つの核を作って、観ている者を、あの大爆発の現場に誘おうと、ロバート・ワイズ監督はしたのだと思う。
そして、彼の計算は見事に当たって、観ている者は目もくらむスペクタクルを目のあたりにすることが出来たのだ。
映画全体を通してロバート・ワイズ監督が言いたかった事は、科学の急速な進歩で数多くのメカが作り出され、世界は繁栄しているけれど、その繁栄をまた破壊するのも全て人間の行なう事。
その”人間の業の哀しさ”が、ラストの大爆発のシーンに的確に表現されていたのではないかと思うのです。
この大事故は多くの謎に包まれていただけに、空想をはたらかせる余地があるわけで、この映画では反ナチの若い乗務員の犯行という仮説を立てて、物語を構築している。 主演は「パットン大戦車軍団」のジョージ・C・スコット、「奇跡の人」のアン・バンクロフトで、当局の命令で警戒に当たるため、この飛行船に乗り込んだジョージ・C・スコットと、カメラマンというふれこみのゲシュタポのロイ・シネスの対立を軸として、盛り上げられていくサスペンスを、ヒンデンブルグ号の壮大な飛行場面に融合させたロバート・ワイズ監督の演出のうまさは、さすがだ。 ミニチュアと船体の部分的なセットと船内のセットをうまく織り交ぜて、巨大さをよく表現しているのも成功している。 銀灰色に輝く巨体が、ゆうゆうと雲間に消えていく光景は、SF的にロマンさえ感じさせてくれる。
この映画の題名にもなっている「ヒンデンブルグ」とは、飛行船の名前で、もともとはドイツ・ワイマール共和国の大統領の名前で、彼の名にちなんで命名されたものだ。 このヒンデンブルグ号は、第二次世界大戦の直前にナチス・ドイツがその国力を全世界に対して誇示するために作った飛行船なのだが、1937年5月、ドイツのフランクフルトからアメリカのニュージャージー州レークハーストに着陸寸前のヒンデンブルグ号が大爆発し、炎上した事件は、謎の大惨事として、全く原因がわからないまま今日に至っている。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-06-18
この「セルピコ」はご承知のように、ニューヨーク派の名匠シドニー・ルメット監督の作品で、アル・パチーノは、アカデミー賞で主演男優賞の受賞はできなかったものの、ゴールデン・グローブ賞のドラマ部門の主演男優賞を受賞しましたね。
私はアカデミー会員という、いわば、映画界の身内で投票するアカデミー賞よりも、各国の外国特派員の記者たちの投票で選ばれるゴールデン・グローブ賞の方が、より映画ファンの目線で選ばれ、映画ファンの気持ちに、より近い結果になっていると思っています。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
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組織の全部が狂ってしまったその内部からの、外部に向かっての社会的な告発が、それに至るまで、どのように深刻な人間的な苦悩を踏むものであるか、そして、内部告発に踏み切らせるものは、その組織の上層部の硬直化した問題処理の態度に起因している事を、セルピコは強く訴えているのです。
しかし、組織の内部での真剣な解決への努力と内省の苦しみを欠いた、安易な内部告発は、むしろ、うとましい一種の卑劣感が伴うものであり、社会に強く訴える力は、到底、持ちうべくもありません。
やむにやまれぬ正義感に立って、しかも、あらゆる内部解決の努力を払った、最後の手段としての苦悩の告発であり、一方においてはそれと並行して、あくまでも、その組織内にあって忠実勇敢に、日常の職務執行に献身するセルピコのような姿にこそ、我々は心を打たれるのだ。
それにしても、いかなる形であれ、内部告発者の末路は暗いものがあります。
その後、セルピコは不具の身を人知れず、スイスで過ごしたと言われています。
この報道は、セルピコの告発に基づいた調査結果であり、それだけに、彼は警察内部では異端者として忌避される存在になっていたのです。 当時のニューヨークのリンゼイ市長は、世論に応えるため、5人の委員からなる調査委員会を設ける事を宣言し、その調査が進んでいましたが、一方、セルピコは、最も危険な麻薬担当への転出を上司に強いられていたのです。 瀕死のベッドから、画面は彼が11年前に希望に燃えて、警察学校を卒業する場面へとフラッシュバックします。 正義感の強い仕事熱心な彼が、同僚たちが不感症になっている収賄、さぼり、暴行などの汚れた環境の中で、外見的な変貌と内面的な苦しみを重ねてゆく推移が、早いテンポで描かれます。 人間的に一般市民との繋がりを深めようとすればするほど、職場である警察の閉鎖社会からは次第に遊離していくのだった。 そして、裸のつき合いを持つヒッピー的な友人の間から現れた優しい恋人も、彼の人間性には魅せられ、愛しながらも、余りの潔癖さとその苦悩を見るに耐えかねて、別れていってしまいます。
しかし、このような映画が製作され、また率直に新聞を通して世論に訴えるところに、アメリカの伝統的な自由が生きており、忖度と腐敗だらけの、どこかの東洋の島国と違って、腐敗を腐敗に終わらせない社会の根強い復元力を感じさせます。 かのワシントン・ポスト紙の記者であったボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインによる、ウォーターゲート事件の新聞キャンペーンもその一つの例とみるべきでしょう。 1971年2月、ブルッキング・サウスの麻薬担当刑事のセルピコは、麻薬犯を逮捕しようとして、犯人に戸口から顔面を直撃されて倒れます。 同行の二人の刑事は、意識的にか支援をためらったのです。 セルピコが撃たれたとの報に、警察の同僚と上層部が、すぐに警官相互の殺しではないかと思ったほど、セルピコは警察内部で恨みを買っており、孤立していたのです。 というのは、その前年の4月25日、ニューヨークタイムズ紙の第一面は「ニューヨーク市警の汚職数百万ドルに及ぶ」との大見出しを掲げ、その後、連日にわたって、関連の暴露記事で強力な論陣を展開しました。
この「セルピコ」が公開された1974年頃のアメリカでは、クリント・イーストウッド主演の「ダーティ・ハリー」あたりから、警官ものの映画が、ブルース・リー(李小龍)の「燃えよドラゴン」のカンフー映画と共に流行となっていましたが、この警官ものは、ジーン・ハックマン主演の「フレンチ・コネクション」のような派手なアクションを売り物にする、ショッキングな実録タッチのサスペンスものと、ジョージ・C・スコット主演の「センチュリアン」のような、社会派警官の苦悩を描くものとの二つの系統に分かれていたように思います。 この「セルピコ」は、当然、後者の社会派警官の苦悩を描く系統に属する作品になっています。 ニューヨーク市警察の汚職を内部告発した、実在の警官をモデルにしているこの映画は、アメリカ社会の腐敗をリアルに描いて、とても迫真性のある映画になっていると思います。
- 評価
- ★☆☆☆☆
- 投稿日
- 2024-06-18
岩井作品もう観ない…
完全に感性変わっている
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-06-18
前を向いて生きていこうとする子供を周りの大人が台無しにする救いようのない社会。
ウリとシャブをやって上目遣いなのと、一旦持った希望が絶望に変わり屋上から見下ろすのは、どっちが幸せなのか。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
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東西冷戦時代に、その両陣営で研究を競う、物質ミクロ化技術の秘密を握るチェコの科学者が、鉄のカーテンから亡命するが、途中で撃たれ、脳に重傷を負ってしまう。
そこで、西側陣営の軍部は治療のために情報部員や医師たちを、原子力潜水艇プロテウスに乗り込ませ、この潜航艇ごとミクロ化し、血管注射で科学者の体内へ送り込む。
この映画「ミクロの決死圏」の監督は、1950年代から1980年代までの長きに渡り、ディズニー製作の傑作SF「海底二万哩」、実験的な映像表現を試みた「絞殺魔」、戦争大作「トラ・トラ・トラ!」のアメリカ側監督、南部の人種差別を描いた問題作「マンディンゴ」など多種多様な作品を発表した、職人監督・リチャード・フライシャー。
この映画のミクロ化した人間が、人体に潜入し治療を行なうというアイディアは、わが日本の手塚治虫の漫画作品「吸血魔団」をベースにしていると思われるが、タイム・リミットを生かしたサスペンスやスパイとの攻防戦など、手に汗握る展開も見事だが、何より素晴らしいのは、L・B・アボットによる特殊効果だ。
「眼下の敵」での海上砲撃戦から、「タワーリング・インフェルノ」の高層ビル火災まで、ミニチュア模型や光学合成を駆使したL・B・アボットの特殊撮影は、現在の水準から見れば、ローテクニックではあるものの、その豊かなイマジネーションは普遍性があり、実に見事な出来栄えだ。 とにかく、一時間たつと縮小効果が薄れ、元のサイズに戻ってしまうという、緊迫したスリリングな状況の中、心臓を通過したりとか、異物排除のために白血球が襲い掛かかり、心拍の衝撃で潜水艇が大揺れしたりする、体内のスペクタクル・シークエンスは、ほとんど前衛的とも思える程の強烈な美術イメージに貫かれていて、見事としか言いようがない。 そして、クルーの一人が敵のスパイで妨害工作をするなどのエピソードも盛り込まれ、観ていて全く飽きさせない。 美術監督のデール・ヘネシーによる白血球や血管、巨大な模型で作られた心臓などのセットも実によく出来ていて、非常に印象的だ。
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-06-18
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自分のヨットの無線受信機で発信人不明のSOSをキャッチしたフリーのカメラマン野口(三浦友和)は、友人の白バイ警官・江上(藤竜也)と、その通信が旧日本海軍の暗号で、十億円相当の金塊を積んでサイパン島沖に沈んだ潜水艦から発信されたことを突き止め、野口のヨットに居候を決め込んだ氏家由紀子(紺野美沙子)と三人で、サイパン島へと旅立っていくのだった。 だが、潜水艦は見つかるが、金塊はなかった。 残された航海日誌から、金塊はすでに日本に運び込まれているとわかり、さらに三人は旧日本軍のトーチカで首を吊って死んでいる由紀子の父を発見する。 彼は終戦直後、日本軍の秘密機関の工作員と日本に金塊を運んだが、独り占めを計った、その工作員に撃たれ、のちサイパンに渡り、復讐の日を考え続けながら生きていたが、絶望してSOSを発信、自殺したのだった。
日本へ帰った三人は、工作員が神谷太郎(芦田伸介)と名前を変え、政財界の黒幕となっていることを突き止め、新たな作戦を開始するのだった----。
由紀子に扮するユニチカ・ガール出身の紺野美沙子は、この作品が映画デビュー作で、清純な雰囲気は好感が持てるが、男二人を惑わすには、いささか幼すぎる感じがする。
そして、ラストは、三人が黒幕から見事、大金をゆすり取るが、由紀子は殺されてしまい、野口と江上は黒幕のセスナ機に、これも自家用機で体当たりして、二人はパラシュートで脱出となるエンディングを迎えるのだ。
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-06-18
この映画「黄金のパートナー」は、南太平洋に眠る十億円の金塊をめぐる青春冒険映画の佳作だ。
西村京太郎の原作「発信人は死者」のキャラクターを、脚本の長野洋が大幅に変更し、またミステリアスな部分をよりシンプルにして、ロベール・アンリコ監督、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ、ジョアンナ・シムカス主演の青春レクイエム映画の傑作「冒険者たち」的な夢とロマンを重点に、ヒロインをはさんでの男同士の友情、二人に対するヒロインの関係などを爽やかに描き分け、西村潔監督の鮮やかな演出を得て、愛すべき佳作になっていると思う。
特に、藤竜也のリノ・ヴァンチュラぶりや、三浦友和のアラン・ドロンぶりは楽しく、二人が軽妙にじゃれ合うところなど、背景がヨット、海辺のスナック、あるいは船室、海上、サイパン島と、非日常的な空間だけに生き生きと呼応し合い、その洒落た感覚は捨て難い。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
部屋の壁にピカソの絵のポスターがシンボリックに貼ってある。山田宏一著ゴダール・映画誌を紐解くとゴダール追悼文が冒頭に在って,絵画に置ける革命をピカソが為したのに擬えて本篇は映画の画期だったことが標されて居る。低予算,即興,NG無し,ジャンプカット・つなぎ間違いなど
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2024-06-18
この映画は、ジェリー・ルイスの初監督作品。
製作・脚本・テーマ曲の作曲もこなしている。
ホテルのベルボーイを主人公にしたコメディだが、ストーリーもプロットも存在しない。
ナンセンスなギャグの連続で、そのことが、この映画の冒頭で宣言される。
つまり、アバンギャルドなスラップスティック・コメディであり、主人公がラスト近くまで、一言も言葉を発しないのも斬新だった。
かのチャールズ・チャップリンも愛した作品だ。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-18
バレエ、オペラなど、芸術作品は、常に、最高を目指し、クリエイトされる。
この作品も、過去の作品と比べれば、より芸術性ある高見へと昇華されている。
主要な三人が、オペラ歌手でなく、見事に演じているのが、ミュージカルが、バレエ、オペラの垣根を超えて、芸術性の高見を目指したと言える作品。
昔、テレビでチラ見した位の認識、しかも、本職の歌手でない彼らの歌声は、映画(又はサウンドラック)でしか聴けないので、鑑賞しないと素晴らしさは分からない。
ハリウッドスターと比べれば華やかさはないかも知れないが、実力者の健在を知れば、本物の最高傑作だろう?
序盤からの演出が、いいですね、闇に浮かぶ、ロウソクの様に、
愛にも、ただ、愛し合うより、相手を愛するからこそ、相手の自由を尊重し、見守る選択をしたファントム、そして、彼女の、音楽の天使として、使えた最期。最高の歌姫を目指せたかも知れないが、最高の愛で彼女を闇から照らす光となったファントムの大いなる愛で締め括られる。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-17
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なぜ追われているのか、執拗に命を狙われる理由さえも、物語の途中で察しがついてしまうのだが、記憶は無くしても、身体が覚えている語学力や戦闘能力を駆使して、活躍する様が実に痛快だ。
それまで、繊細で知的な役柄が多かったマット・デイモンが、逞しく生まれ変わり、非常に魅力的だ。
無駄のない動きで相手を倒し、切れ味のいいアクションを披露する。
とはいえ、知性派の名に恥じず、ただ銃をぶっ放すだけではなく、様々な小道具を使って、追っ手を振り切るのだ。
無線を奪って、情報を収集し、ビルの内部の地図を見ながら、逃走経路を練り、電話のリダイヤルで敵の正体を探るのだ。
銃を使うのを本能的に避けるこの作戦は、単に頭脳戦というだけではなく、主人公の性格付けにも通じている。
記憶を無くした上、命を狙われる。
その不安は想像して余りあるが、マット・デイモンのどこか頼りなげなルックスが、この役柄にぴったりマッチすると思う。
あの幼い顔で、バッタバッタと敵を投げ倒し、激しいカーチェイスやビルの絶壁からダイブまでも披露してくれるから、サービス満点だ。 パリの街の複雑な路地や石畳で繰り広げられるカーチェイスの主役は、小回りが効く、真っ赤なミニ・クーパー。 実際のスピードを考えると、逃げ切れるかは疑問なのだが、この車は劇中のマスコットのような存在だ。 ヒロインを演じるのは、「ラン・ローラ・ラン」で鮮烈な印象を残したドイツ人の女優フランカ・ポテンテ。 彼女が演じるマリーもまた、欧州を放浪しながら、自分自身を探している人間なのだ。 この女優は、中性的な雰囲気でとても好演なのだが、惜しむらくは、マリー自身の役の設定に、もうひとひねり欲しかったような気がします。 いくらなんでも、素人すぎるので、足手まといの感は否めない。 だから、最後まで行動を共にできず、途中でボーンと離れなければならないのだ。 しかし、逃避行の合間に見せる、二人の短いラブシーンは、とても秀逸で、ボーンが彼女を変装させる為に、バスルームでマリーの髪を切る場面は、非常に印象深いものがある。
そして、主人公は次第に、自分が恐ろしい陰謀に加担していたことを知る事になる。 かつては、非情な任務をこなし、優秀なエージェントだった彼が、追われる事になる原因は、その根本に潜む彼の性格にあるのだ。 自分自身を認識し、その可能性を知るのは、人間の普遍的な願いだ。 主人公ボーンは、記憶を失った事で、半ば強引に、”自分探しの旅”をする羽目になるが、その中で彼が持つ、本来の人間らしさが、ボーンを生まれ変わらせようとするのだ。 かつての自分を知ってなお、変わろうとするひたむきさ。 ここに、この映画が従来のアクション映画と一線を画す魅力があるのだと思う。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-17
嵐の海で救助された男の背中には、銃弾の痕が。
その男は、記憶が全くなく、皮膚の下に埋め込まれたマイクロチップに、スイスの銀行口座が記されていた。
そこで彼は、ジェイソン・ボーンという自分の名前を知り、数種のパスポート、多額の現金を発見する。
そして、驚く間もなく、何者かに命を狙われるのだ。
その後、マリーという女性を道連れに、逃避行を続けながら、自分の過去を探る事になるのだが——–。
「バイオハザード」や「ロング・キス・グッドナイト」などは皆、特殊な能力を持った人物が、記憶を無くすという設定の物語だった。
これらの作品が、”主人公は何者か?”を一番の謎とするのに対して、この「ボーン・アイデンティティー」では、主人公のジェイソン・ボーンが、実はCIAのエージェントだという事を我々観る者は、最初から知っている。
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-17
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エイリアンと人類が共存する世界といえば、エイリアンを(ヒスパニック系の)移民になぞらえた「エイリアン・ネイション」を想起するのだが、この作品はもう、あからさまに、かつての南アフリカにおけるアパルトヘイト政策や、黒人たちの強制移住など、現実に起きた事件をなぞっていて、「エビ」と呼ばれて蔑まれている、エイリアンたちの人権なぞどこ吹く風という主人公の言動に、皮肉がパンチが効いていて面白い。
エイリアンの設定も、知能程度の高くない2級市民的な種族としていて、二重の意味で、被差別的な存在に置かれているあたりが、いいアイディアである。
彼らをコントロールする立場にあった、おそらく宇宙船や超絶兵器を使いこなす高等な種族が、事故か疫病でほとんど死滅したからこそ、辺境の星である地球で立ち往生する羽目になっているというわけだ。
謎の液体を浴びた主人公のDNAが変化をはじめ、「エビ」へと変貌してしまうあたりは「フライ」等へのオマージュだろうか。
今度は主人公の人権もなにもあったものじゃなくなり、当局に監禁され、実験台にされてしまう。 なぜ当局はそこまでするのか、といった動機付けの設定が、この作品で最高のアイディア。 エイリアンの持ち込んだ超絶的な武器、兵器類は、「エビ」のDNAで起動するので、人類は使用できないのである。 後半は、その設定を活かした大活劇になるのだが、あまり高尚ぶっておらず、良い意味で、なんでもありのB級展開である。 そういう部分がかえって清々しく、好印象のよくできた娯楽作品である。 SFチックな意味での避けがたいグロテスク描写が、ネックになって手を出さない人もいるかもしれないが、さしてハードなものではないので、よほどこういうのが苦手な人でなければOKなんじゃないだろうか。 グロ描写を理由に、この作品を避けるとしたら、ちょっともったいないと思うので、食わず嫌いをせず、手を出して欲しいと思います。