仮面ライダー龍騎 MASKED RIDER RYUKI EPISODE FINAL:P.N.「俺」さんからの投稿
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-07-11
すごく良かった!!!城戸(龍騎)と霧島美穂(ファム)とのやり取りがとても可愛くて癒やされた終盤でリュウガとの戦うシーンで龍騎が叫びながらファイナルベントするシーンがとても良かったです!!
すごく良かった!!!城戸(龍騎)と霧島美穂(ファム)とのやり取りがとても可愛くて癒やされた終盤でリュウガとの戦うシーンで龍騎が叫びながらファイナルベントするシーンがとても良かったです!!
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これでもか言うくらい次から次へと展開される危機に見舞われながらも、人間愛に助けられながら、絶望的な状況から生還する。壮絶な物語。2024アジアNO.1 でしょう。見応えあり、感動あり、もう一度観たくなりました。マルは生きてるかの様に忠実に仕事をするなぁ、なんかそこっ、とっても気に入りました。息絶えるマルを観て涙さえ溢れます。
途中から展開が変わります。あの人もこの人もあいつもこいつも血だらけで死んでいきます。化け物を作っている場面やけど、統治下の日本軍が描かれてるけど、陸軍の軍服やのに旭日旗が掲げてある。ちゃんと勉強してほしいですね。
"ミレニアムシリーズ"以後のゴジラは、伝統のスーツアクションの壁に当たり、また初代ゴジラの重厚なキャラクターを捨て切れず、当時、迷い道に入っていたと思う。
その点、モスラは操演の怪獣で、ゴジラよりアレンジがずっと自由だし、CGを導入しやすい。
ゴジラの"ミレニアムシリーズ"終盤のブレを思えば、"平成モスラ三部作"は、ゴジラが成し遂げられないことを迷いなくやってのけた映画だ。
公開当時に「これはモスラではない」と不満を覚えた怪獣映画ファンの人は、この"平成モスラ三部作"の自由さとチャレンジ精神を観直して欲しいものだ。
この映画を含む"平成モスラ三部作"は、それまでの怪獣ファンをつかめず、興行成績は右肩下がりになるが、モスラのキャラクターの変更は成功だったと言えると思う。
昭和のモスラは、虐げられた島のシンボルだったため、強いだけでなく、弱く儚い怪獣だった。
その縛りのない平成モスラは、いくらでも強くなることができる。
考えてみると、昆虫は元々、変態する生き物だ。
その属性を生かして、この映画では変身してパワーアップするモスラを描いている。
水中モードに変わり、さらに分身して敵の怪獣ダガーラを体内から攻撃する。
この自在に変身するモスラに対して、怪獣映画ファンにしてみれば賛否両論があるだろうが、当時のゴジラシリーズが終了していたことを考えながら、今観ると興味深いものがある。
この三好邦夫監督、川北紘一特撮監督の「モスラ2 海底の大決戦」は、前年の1996年に主役として再生した「モスラ」の続編。
この映画の主人公は子供であり、エリアスやモスラの存在を素直に、抵抗なく受け容れる。
昭和モスラにつきものだったモスラ側と人間の軋轢はない。
メッセージ性の強かった前作とは違い、純然たる冒険活劇の明るいファンタジーとして描かれ、公開当時12歳の満島ひかりが出演しているのも興味深い。
この映画の舞台は、沖縄、石垣島。
太古に海底に沈んだ伝説の幻の王国"ニライカナイ"の科学者が作った怪獣ダガーラが、1万5千年の時を経て目覚めた。
海に入れないモスラは苦戦を強いられ、やがてピラミッドパワーでトビウオのような水中モードに変身するのだった-------。
川北紘一特撮監督からバトンタッチした鈴木健二特撮監督は、デジタル合成を駆使して、怪獣と人間の絡みを増やしていると思う。
また、キングギドラの造形は、重々しくて風格と巨大感があって、なかなかいいと思う。
現代と古代を行き来するバトルもメリハリがあって、これもいいと思う。
この「モスラ3 キングギドラ来襲」は、完成度の高いドラマと映像で、ファンタジックな"平成モスラ三部作"のラストを見事に飾った作品になっていると思う。
1作目でレインボー・モスラ、2作目で水中モード・モスラと変身のバリエーションを増やしてきたモスラが、この3作目では強敵キングギドラを倒すために、戦闘的な"鎧モスラ"に大変身を遂げるというのが見ものになっている。
この映画の主人公は、登校拒否の少年・翔太だ。
思春期のリアルな悩みを抱えた翔太が、前の2作にはない、ある種の重さをドラマに与えていると思う。
翔太は周囲の人間には心を閉ざしているが、キングギドラの脅威に共に立ち向かうモルに心を開く。
青木ケ原での翔太とモルの会話は、昭和モスラの無垢で受け身な小美人のキャラクターでは描けなかった名シーンで、デジタル合成で二人の触れ合いが、自然に描かれていると思う。
そして、都市破壊がほとんどなかった前2作と違って、この映画では、キングギドラのパワフルな破壊が中盤に描かれている。
実景のビルがリアルに吹き飛ぶスペクタクルは、従来の怪獣映画にはなかったイメージだ。
この米田興弘監督、鈴木健二特撮監督による映画「モスラ3 キングギドラ来襲」は、"平成モスラ三部作"の完結篇となる3作目の作品で、日本の怪獣映画史の中でゴジラと並んで最強と言われるキングギドラと死闘を繰り広げる。
1億3千年前の白亜紀に恐竜を絶滅させた、魔獣キングギドラが再び地球に現われ、子供たちの生命エネルギーを吸収し、連れ去っていく。
地球の守護怪獣モスラが、このキングギドラを倒すべく立ち向かうが、全く歯が立たない。
そこでモスラは、若い頃のキングギドラを倒すべく、1億3千年前の白亜紀に時空を超えて旅立ち、子供たちを救うために戦いを挑むのだった-------。
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下水道のあちらこちらから入り込んだ攻撃側は、大きなトンネルの中を火焔放射器や散弾銃をぶっ放しながら進むが、突如、逆襲して来るねずみに殺される者も続出する。
ベンは、部下の大群を指揮して退路を求めるが、遂に本部に踏み込まれて全滅状態になる。
最後に生き残って、ベンが傷だらけになって少年の部屋に現われるところは、誠に英雄的で、実際にこんな物騒なねずみの大群に暴れられてはかなわないが、映画としてはなかなかよく出来た作品になっていたと思う。
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映画の冒頭で、ウイラードがねずみに殺される、前作のラストが紹介された後、ウイラードの家に残っていたねずみの大群は、パトロールに来た警官を食い殺し、当局との戦争が開始されるのだが、リーダーのベンは、病弱な少年リー・ハーコート・モンゴメリーの部屋に現われて仲良しになる一方、大群を指揮して町のいろいろな店を襲撃する。
特に、スーパーマーケットを食い荒らす場面はすさまじい。
少年がベンに案内されて、下水道の奥の彼らの本部を訪れる場面などは、気味が悪い一面、ファンタスティックな魅力がある。
たまりかねた当局は、ねずみの大掃討計画を実施する。
こうなると、町ぐるみの市街戦みたいなもので、前作にはなかった大規模な見せ場が展開する。
この映画「ベン」は、ねずみが人間を襲う動物パニック映画「ウイラード」の続篇で、生き残ったねずみのリーダー、ベンと心臓病で体の弱い少年の奇妙な友情がテーマになっている。
この映画は、マイケル・ジャクソンが歌う主題歌が大ヒットした事でも有名になった作品です。
この映画は、前作の「ウイラード」よりもずっと面白かった。
というのは、ねずみの大群の活躍が、前作よりずっと広範囲で、監督も重いダニエル・マンからアクション専門のフィル・カールソンに代わって、見せ場をたっぷりこしらえているからだ。
もちろん、こういう題材だから、ご都合主義的なところも多い。
今朝のNHKラジオ深夜便1960年代映画音楽特集で和がされた本篇の曲は舞踏曲,バート・ランカスターとクラウデア・カルデイナーレの華麗なるシーンが甦えって来る
「恋空」や「君の膵臓をたべたい」といった作品と同様で、恋人カップルの彼女(もしくは彼氏)が不治の病に侵されており、「ラストまでに何かしらの奇跡が起こり、病気が治って、晴れて両者がゴールインしてハッピーエンド…」という展開にはならず、彼女の死は避けられないという、観る以前からオチがわかる、ありがちなストーリーでしたね。
主要登場人物は5人と少なめでしたが、主演の方は、某大物俳優さんのご子息だそうですが、失礼ながら、主演を張るには、まだ経験が浅いように思えましたね。
それ以外は皆さん、素晴らしい演技をされていただけに、やや残念に思えましたね。
ロリータ・ファッションが話に深く関わってくるものと思っていましたが、そういうようなことは一切なく、拍子抜けた感もありましたが、蒔田さんも勿論そうですが、橋本さんのロリータ姿は、天性と言ってもいいほどの似合いぶりの美しさだったと思えました。
主題歌の方も、初めて存じ上げる方でしたが、本作の儚さと美しさが滲み出る世界観と見事にマッチしていたと思います。
それでもなお、その他の凡百のパニック映画よりも面白く観られるのは、この映画が持っている素材の力によるのかも知れません。
豪華客船が、人智の及ばない自然の力で転覆し、天地が逆転するという発想には、人間の文明と常識的な価値観への痛烈な警告があるような気がしてなりません。
そしてまた、この映画の原題が示しているように、あの前作の彼方に、この映画の人生があり、更に別な人生ドラマの存在を予想させるものがあるからだと思います。
あの傑作だった前作の「ポセイドン・アドベンチャー」は、人を助ける事で青春の想いを取り戻し、死んでいったシェリー・ウィンタースや、「神よ、まだ私を試し給うか!」と叫んで、火の中へ落ちていったジーン・ハックマンなど、人間存在の意味を投げかけたり、神の存在にまで言及していた、奥の深い、優れた人間ドラマでした。
思い返してみると、前作はワンカットごとに、"生への勇気"が張り詰めて描かれていました。
それが、実は強烈なサスペンスの芯となって、大いなる感動を作り上げていたのだと思います。
それに対して、この続編の中心人物は、まず金や積み荷を目的としています。
何が何でも生きるんだ!----という一直線のターゲットがなかったところに、前作の感動に迫れなかった原因があるのだと思います。
転覆したポセイドン号に積み込まれていた、ダイヤモンドや大金、そして謎の積み荷を引き揚げようと、船中に入る人々。
マイケル・ケインやテリー・サバラス。彼等は船中で生き残った人々と出会います。
爆発で出口を塞がれ必死で脱出路を探す中、一人一人の人生が浮かび上がって来ます。
この"人間描写の陰影"が、実はパニック・スペクタクル映画の絵模様を大きく織り上げる縦糸になるはずなのです。
ところが、残念ながら、この続編は、登場人物のキャラクターを並べただけで、絢爛自在に織りなすところまではいっていないのです。
この映画「ポセイドン・アドベンチャー2」は、「大空港」と並んで"パニック映画"(アメリカではディザスター・ムービー)の元祖となり、1970年代の初頭の沈滞していた、ハリウッド映画界の復興のきっかけを作った、「ポセイドン・アドベンチャー」、その続編がこの「ポセイドン・アドベンチャー2」という作品です。
前作の「ポセイドン・アドベンチャー」の製作者だったアーウィン・アレンが、この映画では、製作と共に監督をしていますが、このアーウィン・アレンという人は製作者としてはいい腕を持っているのですが、監督としては、「スウォーム」という映画でも監督をして失敗しているように、監督としての技量があまり有りません。
原題は「BEYOND THE POSEIDON ADVENTURE(ポセイドン・アドベンチャーの彼方に)」。
前作のラストから数時間後に、この続編のドラマが始まります。
この映画「警官ギャング」は、まさか警官が制服のままで強盗はしないだろう、という通念を逆手にとって、警官が実はギャング、しかも詐欺師だったという仰天の物語だ。
ドナルド・E・ウェストレイクが映画用に書き下ろしたプロットがあまりに面白かったので、出版社が小説化を希望し、そして映画化の際にも、彼自身が脚本を担当したらしい。
自作の映像化とあって、ウェストレイクも相当気合が入っているらしく、細かいところまで、よくセリフが練られていると思う。
そして、製作者がミステリを愛好するエリオット・カストナーだけあって、クオリティの高いミステリ映画に仕上がっていると思う。
アラム・アヴァキアンの演出も、無理にコメディ・タッチにはせず、主人公たちの犯罪行為をシリアスに描くことで、逆にブラックな味わいを狙うなど、洗練された大人の暗黒映画といった趣になっていると思う。
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笑いあり涙あり、人生観にも切り込んで、終わってみればあっという間に時間が過ぎて、なかなか楽しめました。
後20年経ち自分も同じ歳になり、そんな人生を送れたら幸せだろうなと感ました。