絞首台からの生還 作品情報
こうしゅだいからのせいかん

1975年11月22日。韓国政府は留学中の在日韓国人をスパイ容疑で逮捕。160人が拘束され、9人が死刑宣告を受けた。熊本・人吉で育った李哲は中央情報部へ、大阪・生野で育った康宗憲は韓国軍の保安司令部に連行された。20代だった2人は、拷問を受けて意識朦朧となり、北朝鮮のスパイだと認める。法廷で死刑判決を受けた彼らは、無罪を主張し、獄中闘争を開始。日本国内では同窓生や家族を中心に政治犯たちの救援運動が始まる。その一方で、韓国では救援運動は一切起きなかった。メディアが権力に支配されていた当時の韓国では、人々はスパイ説を信じ込み、疑問を呈する者は“反共法”などの共犯と見なされ、拘引を覚悟しなければならなかったのだ。政治犯たちを支えたのは、家族、友人との愛情や友情だった。獄中で康と情報のやりとりをした李は、激しい殴打を耐え抜く。彼の支えになったのは、同様に政治犯となった婚約者・閔香淑の存在だった。2人は鉄網越しに指を絡ませた記憶を手繰り寄せる。死刑判決を受けた実業家の孫裕炯も亡くなる直前、当時の取り調べで、拘束された一族16人を釈放する条件で調書を書いたと証言する。釈放されたものの、精神を病んだ政治犯もいる。京都出身の金勝孝は、獄中で同房者から激しい暴力を受け、釈放後も自宅に引き籠ったまま亡くなったと、兄の金村勝弘が怒りを込めて告白する。80年代後半、オリンピックを控えた韓国は民主化に舵を切り、政治犯は次々と釈放。李と閔は、多くの支援者に囲まれ、ソウルで結婚式を挙げる。救援会の事務局を支えた金鐘八が“一人も処刑されずに帰ってきたことはラッキーだった”と語る一方で、獄中を経験した詩人の金時鐘は、“拷問を経験した者の心の傷は消えない”と打ち明ける。彼らが囚われていたソウル拘置所は、今は刑務所の記念館となっている。半世紀前の暗黒の歴史が生んだ在日韓国人スパイ事件の教訓をいかに生かすべきか。暗い底流は今も消えていない。
「絞首台からの生還」の解説
1975年に起きた留学中の在日韓国人が韓国政府によってスパイ容疑で逮捕された事件を、当事者たちの証言で振り返ったドキュメンタリー。160人が拘束され、9人が死刑宣告を受けた事件で、一度は死刑判決が確定しながらも、日本国内での救援活動に支えられ、後に釈放された3人の男性に対する聞き取りを中心に構成した。監督を務めたのは、NHKで報道に携わってきた小山帥人と、毎日放送で報道記者を務めた経歴を持つ西村秀樹。
公開日・キャスト、その他基本情報
| 公開日 | 2026年5月8日 |
|---|---|
| キャスト | 監督:小山帥人 西村秀樹 |
| 制作国 | 日本(2025) |
| 上映時間 | 82分 |
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