
第97回アカデミー賞の国際⻑編映画賞のイラク代表作品『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』が、絶賛公開中。8月16日(日)にはイラクと東京をオンラインで結び、サヒム・オマール・カリファ監督と、イラクで⻑年人道支援活動を続ける高遠菜穂子氏がトークショーをアップリンク吉祥寺にて実施となった。
「日本にいるから大丈夫とは誰も言えない」― イラクと東京を結んだ『バグダッド・メッシ』監督トークショー
サヒム・オマール・カリファ監督×高遠菜穂子氏が語る、報道では見えないイラクの素顔と、交錯する希望と試練
■ 映画が描く「イラクの光と影」と当事者としての体験
イラク出身で現在はベルギーに在住するカリファ監督は、作品を制作した背景としてイラクという国についてこう語る。「イラクは豊かな歴史を持つ国です。しかし同時に多くの戦争を経験してきた国でもあります。私自身も1980年代まで現地で常に戦争がある環境で育ちました。ですが現在、イラクには優秀な人材や豊富な資源があり、実際に近年も発展を遂げており、未来や希望を感じています。この映画を作るにあたって意識したのは、バグダッドの描き方です。バグダッドといえばまず爆撃のイメージが浮かびがちですが、かつては世界で最も素晴らしい都市の一つでした。だからこそ、世間のイメージとは少し違うバグダッドを描きたかったのです。その中で重要だったのが『サッカー』です。たとえ過酷な環境であっても、人々がサッカーをプレイし、没頭することでいかに幸せや希望を見出していけるかという『サッカーの力』を描きたいと考えました」
イラク人道支援ワーカーとして一般社団法人ピースセルプロジェクトを立ち上げ、イラク現地での支援を⻑年続ける高遠氏は、「まさに緊急支援の現場で出会ってきた子どもたちの姿そのものであり、非常にリアルでした」と作品を絶賛。過去に現地で拘束された経験を振り返り、「拘束してきたのは米軍の爆撃で家族を殺された「遺族の会」の人たちでした。イラクの方々の支援のために病院に多く出入りしていたことで「お前たちはアメリカのスパイではないか」と疑われてしまったのです。彼らの憎しみや悲しみを目の当たりにし、戦争が始まってから本当の戦争(新たな武装勢力の誕生や負の連鎖)が始まるという現実を痛感しました」と明かし、だからこそフィクションである本作を通してイラクの現実を知る重要性を訴えた。
■ 壊れたTV、検問所の恐怖、そしてサッカーが持つ「希望の力」
劇中で主人公ハムディが必死にテレビの修理やアンテナ調整に奔走する姿について、監督は自身の経験を明かした。「かつて自らも村で数少ないテレビとVHSプレイヤーを持っていたことで、周囲から非常に尊敬を集めた経験があります。映画を通して、情報やサッカー観戦へのアクセス権がある層とない層の格差を描くと同時に、言語や国境を超えて人々に幸せをもたらすサッカーの力を表現したかったのです」と語った。
また、高遠氏は劇中で特に心に刺さった場面として「足を失ったハムディが病院で布団をめくって現実を知るシーン」と「田舎町へ移動する際の検問所のシーン」を挙げた。イラクでは実際に片手や片足を失ってしまう子供を多く見てきたそうで、劇中でハムディが自身の足がないことに気がついたシーンでは、両親の動揺や息子にどう伝えればいいのかの葛藤が強く伝わってきたと語る。さらに検問シーンについては、「私自身も、今での検問所を通る時、すごく緊張します。特に2005〜2007年の検問所はスンニ派とシーア派の宗派間の対立により極めて危険な場所であり、名前を見ただけで連れて行かれて殺害されてしまうことさえある、地獄のような場所でした。今回の映画の検問所の緊張感は、当時の恐怖と重なり胸が締め付けられました」と自身の体験と重ね合わせた。
■ 衝撃のラストと「9歳〜12歳で片足を失った少年たち」のリスト
作品の結末や、エンドロール前に挿入された実際の映像に込めた意図について質問が及ぶと、監督は切実な裏話を披露した。「ハムディが急激に大人になり、父親の代わりに家族を支えていくという展開を描きたかったのです。子どもが急に大人にならざるを得ない異常な状況を表現したかったからです。そしてキャスティングの際、『9歳以上12歳未満の片足を失った少年』という条件で探したところ、現地団体から膨大なリストを提供されて強いショックを受けました。ハムディは架空の特別な存在ではなく、イラクには同じように才能や夢を持ちながらハンディキャップを負った子どもたちが大勢いるという現実を世界に提示したかったのです」と明かした。
さらに父親と母親の対立や葛藤について、「実はお父さんも昔サッカーをやっていたという設定があり、サッカーが持つ幸福の力を理解しているからこそ、息子のために危険を冒してバグダッドへ向かう決断をしました。一方でお母さんはその力を理解しきれず葛藤するのですが、父親の行動は子どもに幸せになってもらいたいという強い愛から生まれています」と解説した。
■ 変化する「現在のイラク」と戦争予防への強い訴え
最後に、日本で映画を鑑賞した観客へ向けてメッセージが送られた。カリファ監督は「家に帰った後、ぜひ家族や友人に『戦争の中でも希望を持ってサッカーをやり続けるイラクの少年の映画を観たよ』と共有してほしいです。カナダや日本、南米など、世界中のどこにいても通じる普遍的なテーマとして、登場人物たちの気持ちに共感していただけると思っています。この映画は戦争の中でも希望を失わない少年の物語ですので、そこをみていただけるととても嬉しいです」と呼びかけた。高遠氏は毎年8月になると戦争について思い出す日本人の習慣に触れつつ、支援者としての切実な想いを明かした。
「日本では毎年8月に戦争について考える人が多いですが、私は1年中ずっとそれを考えています。どうやったら戦争を始めないでいられるか、どうやったら戦争を予防できるかということです。戦争は一度始まってしまったら終われません。そしてハムディもそうですが、他国の話として当事者になりきれないと思っていても、足を失った瞬間から誰もが障がい者という当事者になってしまいます。それは本当に誰にでも起き得ることであり、『日本にいるから大丈夫』とは誰も言えないのではないでしょうか。どんなに海を隔てていてもミサイルが飛び交うような戦争が可能になっている今、そうしたことも含めて考えなければいけないと思います。とにかく戦争を始めないことです。始めてしまったら終われません」と力強く語りかけ、トークショーを締めくくった。
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