P.N.「オーウェン」さんからの投稿
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-16
”我々観る者の心の奥深くに、ある種の衝撃とスリリングな戦慄を与えてくれるガス・ヴァン・サント監督の問題作「エレファント」”
優れて詩的な映像と、それと対照的な衝撃的な事件。
アメリカのどこにでもあるような、ある高校の一日を描いた、映像の詩人ガス・ヴァン・サント監督の「エレファント」は、我々観る者の心の奥深くに、”ある種の衝撃とスリリングな戦慄”を与えてくれる、非常に美しく、しかし、悲しい作品です。
どこにでもありそうな、静けさをたたえた、一見、平凡なたたずまいを見せる、郊外の高校。
アルコール依存症の父親を持つジョン、他人との人間関係がうまく出来ないミシェル、いじめを受けているアレックスたち、複数の高校生の日常が、まるでドキュメンタリー映画のように、淡々と画面に映し出されます。
そして、カメラは長回しのワンシーンで、彼ら生徒の背中を執拗に追って行きます。
時間を遡り、同じ場面を違う視点で描く事で、彼らの単調で平凡な日常は”重層的な意味”を帯びてきます。
彼ら生徒役は、全てオーディションで選ばれた全くの素人。 役名は本名で、自分自身の言葉で即興性を採り入れたセリフは、この年代の若者の、実に自然なリアリティーを感じさせて、ガス・ヴァン・サント監督の演出のうまさが光ります。 この映画は、実際に多くの死傷者を出したアメリカのコロンバイン高校の銃乱射事件を下敷きにして描いていますが、ガス・ヴァン・サント監督は、この事件の原因を描こうとはしておらず、自分なりに独自に事件を再構築する事で、問題の本質を全く異なる側面から浮かび上がらせ、生徒たちの”とらえどころのない虚ろな魂”を表現しているのだと思います。 しかし、我々映画を観る者は、既に起きた事件の中で、”若者が抱える心の闇の深さ”を感じ、その不確かで得体の知れない何かに衝撃を受けるのです。 実際に起きた事件をガス・ヴァン・サント監督の感性で再構築し、美しい映像表現で描き直す、作者のこの映画に賭ける思いはどこにあるのか? その映像の向こう側にあるものの正体に、どのようにしたら迫る事が出来るのか?
観終った後も、心の中で説明し難い、ある種の奇妙な違和感がどうしても残ってしまいます。 映像の美しさが、異常な程に際立つため、悲しさと畏怖の念だけが、心の奥深く、沈潜していくのです。