映画『リングサイド・ストーリー』武正晴監督インタビュー

映画『リングサイド・ストーリー』武正晴監督インタビュー
提供:シネマクエスト

瑛太演じる売れない俳優の村上ヒデオが、佐藤江梨子演じる腐れ縁の恋人・江ノ島カナコへの愛を証明するためK-1の舞台に立つ様を描く映画『リングサイド・ストーリー』。『百円の恋』の武正晴監督が、脚本家の足立紳の実話をもとに、ダメ男の奮起を描いている。レッスルワンやK-1といった格闘技団体の協力を得て、武藤敬司や武尊、黒潮“イケメン”二郎といった実際の格闘家も多く登場する本作について、武正晴監督にお話をうかがった。

今回の作品は『百円の恋』の脚本家の足立紳さんの実話をもとにしたオリジナルストーリーということですね。

■武正晴監督:足立さんが30歳の頃かな、今は奥さんになっている女性なんですけど、彼女のヒモのような生活をしていたそうなんです。彼女が仕事を辞めた時に、自分が好きだったプロレス関係で求人を見つけてきて、プロレスに興味がない彼女のために面接の作文を書いてあげたりして、なんとか会社に入社させたそうなんです。それで実際に彼女が働き出して忙しくなってきたら、レスラーと浮気してるんじゃないかって嫉妬をしたりね。ちょうどレッスルワンやK-1を描く映画ができないかという話が出た時に、足立さんの話を思い出したので彼の了承をとって映画化することになりました。

脚本は足立さんではないんですね。

■武監督:その時、足立さんはちょうど自分の監督作品『14の夜』のクランクインが重なっていて忙しくてね、それで脚本は別の人間がやることになりました。プロデューサーの李鳳宇さんと、足立さんのことをよく知っている横幕智裕さんが脚本を手がけてくれました。李さんが横幕さんを推薦してくれて、横幕さんは足立さんと知り合い同士だったのです。

撮影には、K-1やレッスル・ワンなどの団体も協力されていますが、現場はどんな雰囲気だったのでしょうか?

■武監督:とにかく協力体制を整えていただいたので、すごくやりやすかったですね。レスラーや社員の皆さんの普段の生活から取材させてもらえたし、建物や試合会場なども提供していただけて、撮影することもできましたしね。実際の試合会場にもカメラや俳優が入れる場所を用意してもらって、ゲリラ撮影させてもらいました。だからお客さんの盛り上がりとかは本物のシーンもあるんですよ。前準備も含めて内部に入らせていただいたので、普通だったら撮れないような映像も撮れましたね。

実際の格闘家の方も多く撮影に参加されていますよね。

■武監督:彼らは“見せる”仕事なので、自分の見せ方を本当に知ってるんですよね。試合のシーンなんかも「こういうシーンを撮りたい」と説明したら、こちらの意図をすぐに理解して、積極的に世界を広げて表現してくれるんです。エンターテイナーとして素晴らしいなと実感しましたね。お芝居は初めてだったんだろうと思いますけど、真面目に取り組んでくれましたしね。

ヒデオを演じる瑛太さんは肉体改造をされて望まれたということですが、瑛太さんの格闘家ぶりはどうでしたか?

■武監督:今回の瑛太さんの役は、普段はなまけている売れない俳優役なんですよね。だから、最後にリングに上がるシーンがカッコよく見えさえすればいいので、それを逆算してクライマックスのシーンを目指して体を作ってくれたみたいです。

リングに上がる前の瑛太さんのダメ男ぶりも愛すべき魅力がよく出ていました。

■武監督:これは、瑛太さんがやってくれたおかげで、ヒデオというキャラクターを救うことができたと思いますね。キャスティングをする時に「ヒデオの役、誰がやるかによってはだいぶ違うよね」と話していたんです。とことんダメな男なんですけど、観客から嫌われてしまってはいけないですからね。ダメ男なんだけどどこか憎めないっていう、この魅力はやっぱり瑛太さんの持つ魅力なんだと思いますね。今回、彼が脚本を読んで「すごくやりたい」と言ってくれたみたいで、ありがたいことだと思いますよね。

カナコを演じた佐藤江梨子さんのいい女ぶりも際立っていました。

■武監督:主役の二人が10年付き合っていて、すいも甘いもわかっている、この感じをきっちり出してくれましたよね。佐藤江梨子さんも瑛太さんも実年齢的にもとてもいい時期にきていて、いい時間を過ごしているのが滲み出ていたなあと思いますね。

モデルとなった足立さんや彼の奥様は作品をご覧になってなんと言われていましたか?

■武監督:足立くんはプロレスも好きなので、プロレスのシーンなどにもエキストラとして参加してくれてたりするんですよ。奥さんは多分ご覧になられてないと思いますけどね。足立くんは自分がシナリオを書いていたら、こうは書けなかったのだろうと言っていましたね。ヒデオは自分と違って立派だと。彼はけじめをつけるために最終的にリングに上がったけれど、僕だったら逃げちゃっただろうなと。

ご本人が書かれるより、エンターテインメントに振り切ることができたということなんでしょうね。

■武監督:今回はコメディを作りたかったんです。いい加減ではあるけれど一生懸命人生を生きている人たちがでてきて、ちょっと笑って、この二人の行く末を応援したくなる、みたいな感想を持ってくれるといいなあと思いますね。ささやかだけれど楽しめる2時間を過ごせていただけるといいなあと。

『百円の恋』もそうですが、武監督の作品はいわゆるダメな人間の再起を描いている作品が多いですね。

■武監督:僕の中では彼らはダメな人間ではなくて、普通の人間だと思ってるんです。自分も怠け者なんで、こういう人間の方が多いんじゃないかと思ってるんですけど、どうやらそうでもないみたいなんですよね…。僕にとっては特別な存在じゃなくて、普通に身の回りにたくさんいる存在を描いているつもりなんです。要は、不完全な主人公たちが何かを乗り越える瞬間を描きたいと思っているんですね。その瞬間を描くために、どういう題材でどういう物語を描けばいいのか、いつも考えています。

フラワーカンパニーズの音楽がものすごく劇中にマッチしていましたが、これは何かリクエストなどされたんでしょうか?

■武監督:これは実は、映画が一度出来上がった後に、プロデューサーから「音楽的な部分でもう一押し何か欲しい」とリクエストがあって、曲を差し替えることになったんです。それで急いでいろいろな曲を探しているなかでフラワーカンパニーズの「消えぞこない」っていう曲を聞いて。これが物語の世界観にもぴったりだし、「消えぞこないでも生きている、死に損ないでもまだ立ってる」っていう歌詞も素晴らしくてね。この「消えぞこない」と「唇」という曲、後からきめたんですけど、尺までぴったりはまっていたんです。

では、撮影の時の瑛太さんの入場シーンは別の曲を使って撮影されたんですか?

■武監督:そうなんですよ。出来上がった映画を見てから、その時の曲を聞くとあまりの違いにびっくりすると思いますよ。「消えぞこない」に差し替えたとき、動きまでぴったりはまっていたので、何かが導いてくれたように思いましたね。フラワーカンパニーズさんが歌い続けてきている世界観と、この映画の世界観にもとても近いものがありますし。

監督自身のバックボーン、映画監督になろうと思ったきっかけなどを教えてください。

■武監督:僕は映画の仕事がしたいなあと漠然とは思っていたんですが、映画監督になろうと考えたことは実はなかったんですよね。それで東京に出てきて、映画関係のバイトをしたり、映画研究会に入ったりしているうちに、だんだんと映画の助監督になってしまったという感じなんです。学校で学んだりしたわけではないし、とてもじゃないけど監督になんてなれないと思っていたんですけどね。ここまでくると監督にならないわけにはいかないという感じで、いつのまにかここにいたっていう感じです。

工藤栄一監督、石井隆監督、井筒和幸監督など、錚々たる監督の現場で助監督を務めていらっしゃいますが、何か先輩監督から教えられたことなどはありますか?

■武監督:具体的に何か言葉で教えられたというわけではないんですけど、その人たちの映画に向き合う姿勢、映画を完成させていくまでの決意、そういうところから教えてもらったという感じですね。撮影している時の困難に立ち向かう姿勢や、相手に背中を向けずに立ち向かっていく感じ。映画を撮るということ、お客さんに映画を届けるということはそんなに簡単なものじゃないっていう、準備からシナリオ作りから撮影から仕上げから宣伝まで、すごいエネルギーが必要だということを教えられましたね。最初についた監督からは「自分で監督をやろうと思ったってできるもんじゃない。いつの間にか周りが監督にしてくれるもんだ」と言われたことがあって、初めて監督となった時に、「なるほど、そういうことか」と腹落ちしましたね。

監督が映画を作る上でいつも一番大事にしていることはなんでしょうか?

■武監督:やっぱり、この仕事に就く前の自分がこの映画を観て楽しめるかどうか、というところですかね。映画作りのことなどを何も知らない、中学生とか高校生の自分がこの映画を観て楽しめるかどうか、その頃の自分に届くかどうか、ですね。子供の頃の自分が何に感動したのか、なんで映画が好きになったのか、映画のどういうところにこだわっているのか、そういう部分を思い出しながら映画を作っています。そうすると、何か新しいアイデアが出てきたりするんですよね。

助監督からたたき上げで映画監督になったという武正晴監督。「人間って基本的に不完全なものだと思う。そんな不完全な存在が何かを乗り越えていく様をこれからも描いていきたい」という言葉が印象的だった。気取らないざっくばらんな語り口の中に、映画を作る上での監督としての強い覚悟を感じさせてくれた。不完全な人間の弱さと強さ、おかしみとカッコ良さを感じられるその作風の源泉にあるものを感じ取れたインタビューだった。

【取材・文】松村 知恵美

最終更新日
2017-10-13 15:11:06
提供
シネマクエスト(引用元

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