P.N.「オーウェン」さんからの投稿
- 評価
- なし
- 投稿日
- 2024-06-07
※このクチコミはネタバレを含みます。 [クリックで本文表示]
石油会社は、ニトログリセリンを爆発させ、その衝撃力によって火を消そうと計画する。
ところが、このニトログリセリンの運搬が実に厄介なのだ。一滴、落としても爆発する。
うっかり処置を誤ろうものなら、大爆発を起こしてしまうという代物なのだ。
このニトロを荷台に積んで、二台のトラックが出発する。報酬は、一人2,000ドル。
ただし、これは成功報酬で、無事運び終えなければ手にすることが出来ない。
火災現場の油田まで、途中には幾つもの難所があり、ニトロは、いつ爆発するかも知れない。
一台のトラックには、二人の運転手が乗る。
正規の運転手と助手の二人ずつだが、二台のトラックで計四人。さすがにフランス映画らしく、この四人の性格描写が際立っている。
パリの地下鉄の切符を壁に飾り、いつパリに帰れるかを夢見ている男にイヴ・モンタン。零落した親分肌の男にシャルル・ヴァネル。
さんざんナチスに苦しめられた男にペーター・ファン・アイク。あと一か月しかもたない肺病病みの男に、イタリア人のフォルコ・ルリ。
ニトログリセリンの運搬は、モンタンとヴァネルがペアになり、もうひとつのペアは、ルリとアイク。 この四人でニトロの運搬作業が繰り広げられて行くのだが、要するにこれは、”道中もの”の変型なのだ。 日本の「東海道中膝栗毛」やアメリカ映画の珍道中シリーズなどでもはっきりと描かれているように、この種の道中記ものには、必ず人間関係の逆転がある。 例えば、主従関係が途中何かの事件に遭遇して、そっくり逆転して、これまて従者だった者が主人格になり、主人格だった者が従者になるという傾向だ。 それがストーリーの流れに変化を与え、人間の性格描写の彫りを深くする役割を果たしているのだが、この映画の人間関係の逆転は、実に鋭く描かれている。 親分肌のシャルル・ヴァネルと若僧のイヴ・モンタンが乗ったトラックは、急カーブの難所にさしかかる。 そこは、車の退避のために木の櫓が設けられている。 だが、その櫓の一部は腐っていて、トラックの重量にはとても耐えられそうにもない。 そのことを察したヴァネルは、トラックを運転中のモンタンとの共同作業中に現場から逃げ出すのだ。
トラックはモンタンの必死の努力で奇跡的に無事だったが、この事件をきっかけに両者の立場は一気に逆転する。 歳を取ると、人間は気弱にも、卑怯にもなるものだと呟くヴァネル。 そして、ヴァネルは、次の難所の巨大な落石をニトロで爆発するシーンで、トラックのそばから逃げようとせず、自ら死のうとする。 老残の彼の心情が惻々として伝わってくるが、そこで死にきれなかった彼が、その次の難所の事故で死に至る負傷をしてしまう。 言ってみれば全編が、障害レースのようなもので、一難去ってまた一難といった具合に、トラックの行く手に、次々と現われる障害に工夫と仕掛けがなければ、我々観ている者は、次第に障害物の刺激に慣れて、ハラハラ、ドキドキしなくなるものだ。 したがって、この種のサスペンス映画は、直接的で視覚的な恐怖感と、もうひとつ、心理的な恐怖感を巧みに融合させることが必要になってくると思う。
直接的で視覚的な恐怖感とは、トラックのワイヤーが引っ掛かり、切れそうになってギリギリと音をたてるカットとか、前を行くルリとアイクの乗ったトラックが、突然、爆発し、あとには破片すら残っていないといったシーンなど、ふんだんに散りばめられている。 このような連続活劇の手法が有効であるのは、トラックの荷台に積んだニトロが、いつ爆発するのかという、我々観る者、ひとりひとりの想像力の中に潜んでいる恐怖感と結びついて、恐怖感を増幅させるからだと思う。 このアンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の視覚的で心理的な恐怖感を巧みに融合させた演出上の計算は、心憎いまでに確かだと言えると思う。 「人間の感情の中で最も古く、もっとも強烈なもの、それは恐怖である。恐怖の中で最も強烈なもの、それは未知の恐怖である。」。 これは「異次元の色彩」で知られるH・P・ラヴクラフトの有名な言葉だが、恐怖が人間本来の感情と最も強く結びついている以上、それを巧妙に呼び覚ましたのが、サスペンス映画だと言えると思う。
ニトロを積んだトラックが山道を走って行く。 この先、トラックには何が起きるのか? 運転手にも、我々観る者にもわからない。 我々は、スクリーンの中の運転手と共に、未知の恐怖を共有することになるのだが、こういった”恐怖感覚”を、実にうまく利用して作ったのが、この映画だと思う。 アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督のエンターテインメントに徹し、徹頭徹尾、我々観る者をハラハラ、ドキドキさせる映画を作ってみせるという執念と熱気が、観ている私を金縛りにして、”真昼の幻覚”といったものに誘ってくれたのだろうと思う。 なお、この映画は1953年度のカンヌ国際映画祭で最高の作品に与えられるグランプリを受賞し、また主演のシャルル・ヴァネルが最優秀主演男優賞を受賞していますね。