巷間、その暴虐さから甲斐国を追放されたと言われている武田信玄の父、武田信虎。81歳でこの世を去ったこの武田信虎の最晩年を描く映画『信虎』が11月12日に公開される。この作品で信虎演じたのが、読書家としても知られる俳優・寺田農氏だ。1985年の『ラブホテル』以来、36年ぶりの主役を演じた寺田氏に、映画『信虎』についてお話をうかがった。
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もともと武田信虎という武将にはどのようなイメージがありましたか?
■寺田農:戦国時代ものとかも好きで読んでいたからね。だからその時代の輪郭みたいのはわかってはいたんだけども、信虎という人については、信玄に追放された親父、というぐらいしか知らなかったんですね。それで今回、信虎について勉強したんだけど、とても面白い人だね。ただ単なる暴虐非道の暴君っていうわけではなかったんじゃないのかなと思ったね。
どういう人だと思われますか?
■寺田:信虎ってのはやっぱりかなりの戦略家なんだね、武将としても政治家としても優れている。ただ残念ながら、80歳となるとやっぱり老いというかな、少しボケも入っていたんじゃないのかなと思うんだよね。
老人の妄執のような?
■寺田:信玄から送られた軍配を手にした時にね、「わしが武田の家を残されねばならぬ!」みたいな早とちりをするんだね。老人特有の、頑固さでね。このあたりがなんか悲哀というか妄執というか、面白いよね。
信虎の心情は理解しやすかったですか?
■寺田:うん、すごくよくわかる。やっぱり似てる部分もありますよ。まあいいキャスティングだなと思ったね。プロデューサーの宮下玄覇さんと金子修介監督と3人で会った時に、「なんで俺が信虎役なの?」と聞いたんだ。そうしたら、「この年になっても何をやりだすかわからないスリリングなところがある。色気もある」って言うんだよね。それはすごい褒め言葉だよね。若い頃からずっと「生涯不良でいこう」って決めてたから。そういう意味では、信虎役には、適任だったのかもしれないね。
劇中にも登場する信虎の肖像画は目が青くて、異能の持ち主という感じがしました。この信虎を演じるうえで、ビジュアル面などではどのような作り込みをされたのでしょうか?
■寺田:そういったことは全然していないですね。その実在の人物を演じるからといって、物真似ショーではないからね。ただ、この作品で歴史監修をしていただいている平山優先生に言わせると、僕はもう信虎そっくりだと言われたけどね。ビジュアルを作り込むのではなく、現場に行けばすっとその役になるから。
今回は、宮下プロデューサーが衣装や美術工芸品、刀剣などにもすごくこだわっていらっしゃるんですよね。
■寺田:宮下さんは京都で骨董やお茶道具、刀剣なんかを扱ってらっしゃるから、本物に対するこだわりがあるんだね。撮影で使う刀や鎧とか、全部が本物だから。撮影後にMAで効果音を入れるんだけど、その効果音のために本物の刀を打ち合わせて、何本もダメにしたっていうからね。それくらい本物にこだわっている。役者としては、そういう本物のシチュエーションを与えてもらえれば、すっと役に入れるんだよね。役者の領分なんてホンのこれっぽっちで、みなさんが全部整えてくれている、その環境の中に入れば、すっとその役に入れる。
ロケ地にもこだわりを感じました。
■寺田:今回のロケ地のほとんどは、今迄の時代劇のドラマでロケに使われているお寺とかじゃないんだよね。すべて宮下さんのルートで撮影できた、これまで撮影隊が入ったことないようなお寺ばっかりだから。例えば、織田信長役の渡辺裕之さんがお茶飲むシーンなんか、信長が実際にお茶を飲んだ場所だし、茶碗もその時代のものなんだよ。だからそういう一つひとつ、柱の重量感、床の重量感、美術工芸品の重み、全部が本物に近づけてくれるよね。
勝頼たちと評定しているシーンでも、黒光りしている板の間にすごく歴史を感じました。やっぱりスタジオやセットで作る時代劇とはまた全然違うんでしょうか。
■寺田:全然違うね。いかにすごいセットで、どんなに予算をかけても、やっぱり実物とは違うからね。何百年前に建立されたっていうお寺には、何もライティングもしなくても、本物の色と光、そして匂いがあるからね。ただね、そういう由緒あるお寺は火気厳禁だから、火とかは一切使えないわけ。寒くて大変だったよね(笑)。
今回、主役が80歳と言う年齢ですが、日本ではこういうベテラン俳優の方が主役を張る映画というのは少ないですよね。
■寺田:映画に限らずテレビなんかもっとそうだけど、観客の対象がものすごく若くなっているから。大人が観たいと思う映画がなかなかないよね。大人の俳優が演じる、人生を感じさせるものがなかなかなくてね。だからね、僕なんかこの歳になって、こんな主役をいただいて、まあ大変ありがたいことで。きちっと、大人の観客が見て楽しめるものにしないとね。ただ、今の若い人って、時代劇になじみがないからね。だからこう言う本格的な時代劇を観てもらって、「なんか時代劇って面白そうだな」っていうとっかかりになればいいと思うね。
拝見していてシェイクスピア劇のような雰囲気を感じました。演じるうえで、何か意識された点などはあるのでしょうか?
■寺田:意識はしていないけれども、話として「リア王」のような部分はあるよね。歴史劇をきっちり作っていくと、どうしてもシェイクスピアのようになるんだよね。いわゆるコスチュームプレイだから。舞台とかそういう意識はしていなかったけれども、そう見えたとしたらよくできているということだと思いますね。台本を読みながら、「リア王」みたいだなーと最初は思ってたんだけど、だんだんと「これは大塚家具だ……」とも思ったけど(笑)。
今回、共演者の中に若い俳優さんも多かったですが、若い俳優さんに何か時代劇を演じる上でのアドバイスなどをされたりは?
■寺田:撮影中には世間話みたいには話すけども、基本的にアドバイスとか指導は監督の仕事だからね。役者同士でそういうことを言うのは失礼なことだから、僕はそういったことはしないね。昔『座頭市と用心棒』っていう勝新太郎さん主演の岡本喜八監督の映画で、勝さんが僕にいろいろ芝居をつけるから「俺は勝さんの言うとおりやんなきゃいけないんですか?」って楯突いて(笑)、「いや、寺田くんの好きにやっていいよ」と言われたりもして(笑)。だから、若い役者も好きにやったらいいと思ってますよ。でも今回、武田勝頼を演じた荒井敦史さん、彼は素晴らしいと思ったね。彼は「水戸黄門」で助さんの役をやってるから、時代劇に慣れてるんだね。いい勉強をする場があって、きちんと身につけてきたってことでしょうね。
俳優として、今後やってみたい役などはありますか?
■寺田:昔から、そういうのはまったくないんですよ。俳優ってのは、オファーが来た仕事で全力を出す、そういう職業で、これやりたい、あれやりたいなんて言っても声がかからなきゃしょうがないから。自分にとって意外な役がきたら、監督とかプロデューサーと打ち合わせをして、「そうか、この俺のこういうところを欲しいんだな」と話をして、監督が望む役を理解していくって感じだね。
プロフェッショナルとして、求められたものをやっていく、と言う感じですか?
■寺田:僕は役者になりたくて役者になったんじゃないから。プロフェッショナルを目指したりとかはなくて、早く辞めたかったからね。だから誰にでも楯突いて、やんちゃな感じでずっとやってきたからね。今でも「なんか面白いことやりたい新しいことやりたい」って思ってるから、やっぱり僕はアマチュアなんですよ。プロフェッショナルな人はね、きっと与えられたことを飽きずにずっとできるんだろうから。僕なんてすぐ飽きちゃうからね。「『信虎2』やりましょう」って言われても、「僕はもう十分楽しみましたから、他の方でどうぞ」ていう感じになるかもしれないよね(笑)。
役者はこういうものだと決めつけずに、新しいこと、面白いことを求めてらっしゃるんですね。
■寺田:まあ、もうすぐ80歳という歳でね。耳も遠くなったし、目も悪くなったり色々あるけど、こんなふうに36年ぶりに主役をやらせていただくこともあるしね。長生きはしてみるもんだなと。元気でいると、ご褒美じゃないけど、いいこともありますよ。信虎だってなくなるのは81でしょう? まだ2、3年あるからね。僕も信虎くらいまではまだ大丈夫かな? まだまだ新鮮なサシミで食えますよ。
1961年に文学座附属演劇研究所に入所して以来、俳優として60年のキャリアを持つ寺田氏。数々の主演作を持ちながら、「自分はまだまだアマチュアだ」と語る寺田氏の言葉が印象的だった。勝新にも楯突いていたやんちゃさをいまだ持ち合わせている寺田氏が演じた映画『信虎』。“本物”が揃ったこの作品、俳優陣の演技だけでなく、歴史を感じさせるこだわりのロケ地や、合戦の音まで、ぜひ劇場で体感してほしい。
【取材・文】松村知恵美
ヘアメイク:鎌田順子(JUNO)