「外食業界の風雲児」の異名をとり、若年性パーキンソン病であることを告白したDDホールディングス社長・松村厚久。過酷な試練と闘いつつ大企業のリーダーとしての手腕を振るう彼の周りは、いつも彼を慕ってやまないたくさんの仲間や社員たちの笑顔があふれている。そんな松村氏の1年間を追ったのは、映画プロデューサーとして多くのヒット作に携わり、長きにわたって日本映画界を引っ張ってきた奥山和由。映画界の“伝説の男”がとらえた飲食業界の“カリスマ経営者”は、どんな人物なのか。
若年性パーキンソン病を患った外食産業の風雲児=松村厚久、という人物についてのドキュメンタリーを撮るに至ったきっかけは何だったのでしょうか?
■奥山和由監督:映画業界に長くいて毀誉褒貶が激しい人生を送っている中で、考え過ぎて行き詰まっているときでした、古本屋でたまたま「熱狂宣言」という本が目に留まったんです。ありきたりのキャプションがついたそのハードカバーを手にして、この松村厚久という人物はどういう人間なんだろう、こういう人って大概は“トリックスター”なんだろうけど、なかなかいい顔立ちをしている。まあ電車の中で読んでみるか、と。読んでみるとちょっと立派過ぎるというか、みんなが持ち上げている気がして特にピンとこなかった。でも会ってみたいとは思ってたんで、スタッフを伴いカメラを携えて会いに行きました。それで出演交渉を。
彼のどんなところに魅力を感じて、映画にしようと思ったのでしょうか?
■奥山和由監督:映画作りはその過程で、いろんな人間や企業と知り合い関わり合って、お付き合いがどんどん増えていく。それはあたかもスマホにいろんなアプリをインストールしていくようなもの。増え過ぎちゃうと動きが鈍くなる。容量が一杯になったらアンインストールしなきゃいけない。実業家としてやってきた松村さんだって、これまで虚飾や欲望がインストールされてきただろうに、会ってみるととてもシンプルに見えた。パーキンソン病というスイッチが入ったときに、かなりの量のアンインストールをしたんだろう。それに気づいて気分が爽快になったんです。それで、本(「熱狂宣言」)を読んだとき、なにかしっくりこなかった理由が分かりました。活字よりも映像の方が、松村厚久という人物を伝えられるかもしれないと、ね。
奥山さん自身ではなく、DDホールディングスの社員たちにカメラを回させたそうですね。
■奥山和由監督:いざカメラを構えると“撮れ高”を気にして緊張しちゃうといけないので、身近な人たちにカメラを預けたんです。そうすれば、胸襟を開いた姿を見せてくれる。「この人はまるまる撮ればいい」という確信があったから、隠しカメラもありでランダムにね。“タブー”が比較的少ないみたいで、「何を使ってもいいよ」と言ってくれました。
テロップやナレーションでの説明は一切ありませんでした。
■奥山和由監督:テレビでありがちなそういう演出はナシにしようと、初めから決めていました。言葉がちゃんと聴き取れなくたっていいじゃないか。それが彼のありのままなんだから。逆に音楽は雄弁にしようと。「私に光を」という歌詞を繰り返す主題歌(“Let Your Light Shine on Me”)は、もとは黒人霊歌なんです。歌っているのは“和製スティーヴィー・ワンダー”と呼ばれる木下航志という盲目のシンガー。葬式の時の歌を思い切り明るく歌ってもらいました。
インタビューの場面などで奥山さんも画面に映っています。松村さんを追いかける中で、奥山さん自身の変化もカメラに収めたかったからでしょうか?
■奥山和由監督:撮ったものは編集マンに預けてまとめてもらっていたんだけど、「奥山さん、これ映画にならないですよ。観る人にどう興味を持たせたらいいか分からない。奥山さんがなぜ興味を持ったかを入れないと」というので、僕が映りこむことをOKしました。でも自分が映っているところを見るのは嫌で、極端に削除したら分かりにくくなって、また足したりして……。後半のインタビューで伝えたかったのは、「失敗しても負けを認めない。だから続ける。続けているうちは負けじゃない」という松村さんの無邪気な哲学。僕も今まで長い映画人生の中で、紆余曲折いろいろありましたが、映画を続けてる。続けてたからこそ松村さんと出会えたわけだからね。
松村さんの“人物史”にはまったく触れませんね。
■奥山和由監督:病気以前の彼はまったく知りません。社員に訊くとベースは変わっていないと言うんだけど、果たして昔からお金の匂いのしない実業家だったのだろうかと、少し疑問は持ちました。若い頃の映像を見たら、“勝ち組”になりたいと願い、そして勝ち残ったよくいる人。被写体としての魅力はゼロでしたね(笑)。今は病気を運命として受け入れながら、恥も外聞もなく生きている。それがカッコよくて魅力的なんです。病気の説明は絶対したくなかったし、ビジネスの才覚がある、なんて言えば特別な人になってしまうからダメ。人を惹きつける魅力があったからこそ、彼はそこにいるんです。実際、話していてもビジネスの才覚を何ら感じない(笑)。
出来あがった映画は77分とコンパクトです。ちょっと意外な気もしますが。
■奥山和由監督:今言った彼の真髄みたいなものは、これからまだまだ変革を起こしていく可能性があります。これからまだ、ひと回り大きくなるんじゃないか、と。この映画が公開され自分の姿を世間という鏡に映して見て、「もっとこうありたい」と思うんじゃないかな。二次利用(映像ソフトやテレビ放映)までされたとき、彼に大きな変化が起きると信じています。だから何年後かに追加撮影して、15分か20分くらい加えて完成させたい。それで海外の映画祭に出品できます。
この映画とプロデュース作の『銃』が公開間近。そして待機作または進行中の企画もいくつかと、奥山さんにとってはかつての忙しさが再来しつつあるのでは?
■奥山和由監督:私は何度も終わってる人間ですから(笑)。気楽ですよ。昔は稼がなきゃいけないからビジネスとしての責任があったけど、今はイヤになったら投げ出せる(笑)。わがままになってるね。魅力的な才能にフォーカスが当たるように、正当に評価されていない埋もれている人を見出してあげたいし、実際にそういう人たちと会う機会が多くなってきた。ここ10年くらい、日本映画のキラキラ青春ものにどうしてもついていけない気持ち悪さや、アニメーション映画の方がしっかりした脚本だっていうじれったさがあります。もし、コンスタントに作り続けられていたら目が出た才能があったかもしれない。だからもうちょっとやってみようか、と思っています。
【取材・文】川井英司