監督・俳優として活躍する榊英雄。この榊英雄が新たにメガホンを取ったのが、宮城県石巻市に生きる家族の姿を描いた『生きる街』だ。2011年東日本大震災で津波の被害に遭い、バラバラになってしまった家族を夏木マリ、佐津川愛美、堀井新太の三人が演じている。行方不明になってしまったままの父親、石巻に一人残り民泊を営みながら暮らす母親(夏木マリ)、名古屋に嫁ぎながらも被災経験から立ち直りきれない娘(佐津川愛美)、震災で負った怪我のせいで夢を諦めざるを得ず自暴自棄になっている息子(堀井新太)。そんな家族の再生の物語を、丁寧に描ききった榊英雄監督に話を聞いた。
この作品は宮城県石巻市を舞台にしています。この作品で製作と監督を担当されていますが、この作品を作ることになった経緯を教えてください。
■榊英雄監督:この作品のきっかけは、企画・プロデュースを担当した秋山命なんです。僕が以前に監督した映画『捨てがたき人々』で一緒に作品を作ったんですけど、その彼がこういう題材があるんだけど監督をしないかという話がきたということなんですね。名古屋に山田事業所という運送会社があるんですけど、その会社では社長自ら震災直後に石巻までダンプを運転して行ってボランティアをしてきて、地元の人たちの密接な関係を築いてきたそうなんですね。それで、そういった震災の物語を何か映画にできないかということで。ただ僕自身は、震災の映画を作るということに抵抗があったんですね。僕自身は東京で震災を経験したけれども、それ以上でもそれ以下でもない。何もできなかったし、してなかった。…でも現地を実際に見に行って、そのあといろいろ話をしているなかで家族のドラマであれば描けるなということに気づいたんです。世界のどんな場所にも家族がいる、その家族の歴史の中のひとつのできごととして震災があった、そんな辛いできごとを乗り越えて家族が生きている、という切り口で家族のドラマを描こうと思ったんですね。
吉沢悠さんが演じたトラックの運転手さんが務める会社がその山田事業所のモデルになっているんですね。
■榊監督:そうなんです。山田事業所は今も石巻に事業所を持っているそうなんです。震災以降、今も地域に根付いて、事業を行っている会社なんですよね。直接の震災の体験者ではないけれど、被害を間近に見ていろいろなものを感じた人はたくさんいる。そういった人の代弁者が吉沢くん演じる佳苗の夫になりますね。そう言った人たち、被害を間近で見てきた人たちの声が、彼が言う「あの街はもう乗り越え始めているよ」というセリフにもつながっています。他にも、いろいろ足で歩いて取材した内容を脚本に取り込んであります。その現地で拾った話を元に脚本作りをして、ストーリーがどんどん変わっていき、今の形にできあがったという感じですね。そうやってしっかりリサーチしたことで地に足がついたストーリーができたように思います。
監督自身は長崎県五島市出身とのことですが、何か東北との縁があって監督をされたというわけではないんですね。
■榊監督:そう、これまで何かつながりがあったというわけではないんですよ。でも現地について調べていくうちに、僕の中ではとても大きな縁を感じることがあったんです。今回の舞台に石巻の鮎川という土地を選んでますが、その鮎川はかつて捕鯨基地だったんです。僕の出身の五島列島の福江島も、実はかつて一大捕鯨基地だったんですよね。そこに縁を感じました。それともう一つ、僕らがシナハン・ロケハンの時にとまった民宿めぐろの大主人の父方のルーツが五島列島なんだそうです。福江島の捕鯨基地にお父さんがやってきた時にお母さんと出会って、そこで生まれたのがそのご主人だという。そういうことで、五島列島と鮎川にも何か大きな縁を感じてこの浜を舞台に決めたんです。
監督個人の歴史としても、鮎川の土地に感じるものがあったんですね。
■榊監督:撮影地にするなら鮎川だなーというね。それで鮎川の近辺をロケハンしているうちに、高台にある別荘地を見つけました。その建物がとても素晴らしかったので、そこを夏木マリさん演じる千恵子が暮らす家で民泊をしているという設定に切り替えたんです。震災後に避難した別荘をそのまま借り受けて民泊をやっているという設定にしたんですね。建物が大きすぎるんじゃないかというような反対意見もあったんですけど、もうこれは監督の直感でこの場所を決定しました。それでオーナーを説得して草ぼうぼうの中に道を作って、その別荘でロケをさせてもらったんです。
夏木マリさんが普段のカッコいいイメージとはまったく違う地元のおばちゃんの役を演じていらっしゃいますが、夏木さんは撮影中どんな雰囲気なのでしょうか?
■榊監督:これまで、僕は夏木さんにちょっと怖い女優さんというイメージを抱いていたんです。キャスティングの候補に名前が上がった時もびっくりしたくらいで。でも彼女が千恵子を演じてくれたら本当に面白いことになるかもしれない、作品に新たな要素を加えてくれるかもしれないということでオファーをしたら、快諾してくださいました。本当に素晴らしい女優さんですよ。でも夏木さんのような大女優さんがいると、スタッフや他のキャストも緊張するじゃないですか。その緊張をほぐすために僕があえて「マリ、ちょっと来て」と呼び捨てにしてみたら、大笑いで「ちょっとあなた、今マリって呼んだわね? だったらこれからずっとマリって呼んでよね(笑)」と受けてくれて。素晴らしい座長でしたね。すっぴんで、あえてシワを目立つようにしてくれたり、作品のために献身的に尽くしてくれる女優さんでした。
夏木さん演じる千恵子や彼女の子どもたちに癒しを与える重要な役で、CNBLUEのイ・ジョンヒョンさんが出演されていますが、韓国からやってくる彼の役柄はどうして設定されたのでしょうか。
■榊監督:実は実際に、震災後に被災地へ送った手紙が送り主のもとへ戻ってきたという実際のニュースがあったらしいんです。それでそのニュースを取り入れて、ジョンヒョンくんの役ができました。彼の役は、言ってみれば奇跡の使者、メッセンジャーボーイなんですよね。韓国人と日本人、それぞれの父親が過去に友情を育んでいて、震災後に励ましや感謝の思いを伝えたいと思いながら韓国で死んでいった自分の父親の遺志を汲んで、韓国から手紙を運んでくる存在なんです。ある意味、天使ですよね。佐藤家では父親が震災以降ずっと行方不明になったまま写真も残っていないという設定なんですが、ジョンヒョンくんが父親の手紙と写真を届けにくる。彼が韓国からやって来るから物語が動き、家族が前に進んでいくんです。韓国人の彼が海を越えてやってくるということには、日本国内だけの問題ではないメッセージも込めています。
ジョンヒョンさんの演技はどうでしたか?
■榊監督:彼がどう動くかによって物語が変わってくるという重要な役柄なんで、大変だったと思いますよ。でも実は彼は5歳まで大阪に住んでいたそうなんですよね。だから日本語がうますぎて、ちょっと下手に喋ってもらいました(笑)。大阪から韓国に帰ったあとに阪神淡路大震災があったという彼自身の経験からも思うところがあったらしく、「やります」と日本映画に初出演してくれました。彼はミュージシャンなので集中力がすごいんですよね。大らかでありながら繊細で優しい男です。まなざしも印象的ですよね。
この作品は、登場人物はもちろんですが、映し出される石巻の自然の風景にも強い力を感じました。特に夏木さんがトラウマに怯えて眠れずにいる夜に現れる鹿のシーンが印象的だったんですが、あのシーンはどのように撮影されたんですか?
■榊監督:あのシーンね、いいでしょう? 牡鹿半島というくらいだからもともと鹿はいるんですけども、実は本物の鹿を撮影するのは難しいんじゃないかと思っていたんです。いざとなったらCGでもいいか、という意見もあって。でもカメラマンの早坂が徹夜して、ちゃんとあの敷地内にすごく立派な角をもった牡鹿がやってきたところを、見事に撮ってくれたんですよね。鹿がカメラの方をむいた映像を見た時には震えましたね。映画の神様が微笑んでくれた、これでこの映画はきちんと出来上がるって。
ラサールさんのセリフで「家系図を作りたい」というセリフがありました。「命をつないでいく」というようなセリフが印象的でしたが、監督と奥様(ミュージシャンの榊いずみさん)の会社も「ファミリーツリー」という名前ですね。家系図、ファミリーツリーという言葉に思い入れなどがあるのでしょうか。
■榊監督:もちろん脈々と命をつむぐことによって親子や血縁関係が広がっていくというのは、大切なことだという思いもあります。でもそれ以外にも、血が繋がってはいなくても出会った者たちがつながって世界が広がっていく、そういう意味もあるんですよね。それで“家系図”という言葉を入れたかったんですよね。会社の名前でいうと、僕の名前が「榊」、妻の旧姓が「橘」ということで、二人とも木偏があるということからつけたという意味もあります(笑)。
今回、監督のお嬢さんも出演していらっしゃいますよね?
■榊監督:そうなんですよ。最後の方にある子どもの声が聞こえてくる、というシーンで子役が必要だったんですけど、わざわざ東京から子役を呼ぶのも大変なんで、うちの子どもたちと奥さんを呼んで出てもらいました。さすがに演技指導は自分ではできないので、助監督にやってもらってますけどね(笑)。実は、僕のだいたいの映画には僕の子どもが出てるんですよ。親バカなんで、もう小さい子役が必要ならうちの娘でいいやって(笑)。
奥様の榊いずみさんが音楽を担当されてたりもしますが、監督にとっての家族とはどういう存在でしょうか?
■榊監督:僕個人だけだと気づかない日常の断片の中にある大切なことを気付かせてくれますね。もちろん一人暮らしが悪いわけではなくて、その時に得た孤独感や自由さといったこともとても大事だったんですけどね。でも、妻と出会って子どもができて、腹が座ると同時にマクロな世界と同時にミクロな世界も感じられるようになりましたね。それは僕にとってはとても大事なことだと感じています。僕の尊敬する俳優さんである松田優作さんが「日常が大事なんだよ」とおっしゃっていたんです。「日常の断片がないと飯を食う演技もできない、説得力のある芝居なんかできるはずがない」と。家族を持って、その言葉の意味が実感できるようになりましたね。
今作の中で監督の一番好きなシーンはどこでしょうか?
■榊監督:佐藤家に母親と娘、息子の三人が揃って朝食を食べるシーンですね。あそこはもう、偉大なるニューワールドというか、大きい世界を描けていると思います。ああいう世界をしっかり描くことで新たな世界が広がっていくと思っているんですよね。実は最初はあのシーンは1時間で撮影する予定だったんですけど、4時間かけてじっくり撮影しましたからね。日常生活の些細な出来事ではあるんですけど、それを4時間かけてしっかり撮影することで、とても濃厚なシーンになりましたね。「うまい」と言う息子をみてフッと笑うシーンとか、湯気の立ったお味噌汁を飲むシーンとか、そういったところにしっかり時間をかけたことで、家族とご飯を食べるというなんでもない日常にある幸せのようなものを描けたと思いますね。僕はもともと自分の周囲にあるような半径何メートルという小さな世界を描くのが好きで、自主映画を撮り始めたんです。ある意味、原点回帰ができているような気がします。
監督が映画を作る上でいつも一番大事にしていることはなんでしょうか?
■榊監督:自分自身が作品を信じること、愛してあげることだと思います。そこ以外はブレてもいいと思うんだけど、僕自身が一番身近な観客だから、そこに向けて撮ることが必要なんですよね。俺が見たいから撮るという強い意志がなければ、お客さんにも見てもらえないと思ってます。ご飯のシーンも鹿のシーンも、作品を信じてこだわって撮ったことで、いいシーンが出来上がったんだと思うんですよね。だから作品の力や、スタッフ・キャストの力を信じるということが本当に大切だと思いますね。
『捨てがたき人々』『木屋町DARUMA』『アリーキャット』など、監督としてさまざまな種類の作品を撮り続けてきた榊英雄監督。今回の『生きる街』で“家族の物語”に正面から挑んでいる彼が、家族に対して語った「日常の断片にある大切なことを教えてくれる存在」という言葉がとても印象的だった。今作の中で一番好きなシーンだという家族の朝食のシーンには、まさにその“日常の断片の中にあるかけがえのない瞬間”がたっぷりと詰まっている。家族を持ち、そして子どもたちが大きくなっていくことで、榊英雄監督の世界はさらに深く、さらに広くなってていくはず。彼が描き出す深く広い“半径何メートル”の世界に、これからも期待していきたい。
【取材・文】松村 知恵美