門脇麦を主演に迎え、元ひきこもり、元ニートの女の子・真実が自分のやりたい道を見つけていく姿を描いた映画『世界は今日から君のもの』。「結婚できない男」、「梅ちゃん先生」などの人気ドラマの脚本家としても知られる尾崎将也監督は、外に出て新しい人と出会い、自分を変えていくことで自分自身を取り巻く世界を変えていく主人公の姿を、やさしく描きだしている。主人公の真実は自分自身の分身のようなキャラクターだという監督に、監督作第二作目となる本作にこめた思いをうかがった。
『世界は今日から君のもの』観終わった後にハッピーになれるやさしい物語でした。このストーリーの着想のきっかけはどういうところにあるのでしょう?
■尾崎将也監督:もともとは風変わりな女の子を主人公にした映画を作りたい、という思いがありました。それで、門脇麦さんと「ブラック・プレジデント」というドラマでご一緒した時に、彼女であればそういう映画で面白い作品になるんじゃないか、という発想がわきました。物語自体は、もともと考えていたストーリーがあったんですが、彼女であればあのストーリーを実現できる、と思ったんですね。
今回、YOUさんが母親役を演じていらっしゃいます。今、“毒親”という言葉もあるように、母と娘の関係というのはとても難しい部分がありますよね。
■尾崎監督:女性の話を聞いていると、お母さんとの間に問題を抱えている人が多いなあとは感じますね。今回、真実が自分の殻を破って自分の道を見つける時にどんな障害があるかなあと考えた時に、お母さんがどんな人で、真実にどんな影響を与えているんだろうということを考えないわけにはいかなかったんですね。それで、だんだんとお母さんがラスボス的な存在になっていきました。
とはいえ、お母さんも完全な悪役ではなく、基本的には真実に対する愛情があるわけですよね。
■尾崎監督:お母さんが単なる悪者で、彼女をやっつけただけでハッピーエンドになるというわけではないですからね。自分自身の気持ちや考え方が問題で、そこを変えることで世界が変わってくるということを描きたかったんです。
『世界は今日から君のもの』というのはとても素敵なタイトルですが、このタイトルに込めた思いを教えてください。
■尾崎監督:このタイトルは映画の最後に出るようにしています。このタイトルが最後に提示することに意味があるんです。映画を観終わった後に、人間は考え方とか感じ方ひとつで世界を自分のものにできる、世界を味方にできるということを感じて前向きな気持ちになってもらえればなと思っていますね。そこを感じていただければ、この作品を作った意味があります。
現代は、目標や夢というのは皆が持っていなければいけない、というふうに考えられている風潮がありますよね。それができていない人、世間には溶け込みにくいと思っている人に対するやさしい目線を感じました。
■尾崎監督:それは僕自身にそういう部分があるからですね。今の自分というよりも、若い頃、映画監督を目指しつつも引きこもって映画ばかり観ていた頃の自分を真実に重ねている部分があります。
監督は脚本家として、6月24日に公開された映画『結婚』などいろいろなドラマや映画にも参加されていらっしゃいますが、ご自分で監督される作品の脚本と、脚本家としてだけ参加される場合と、脚本作りはどう変わってくるのでしょうか?
■尾崎監督:自分が監督をする作品の脚本を書く場合、やっぱり好きに書けるという部分がありますね。自分の中にあるものを野放しにして脚本にしています。今回の作品でいうと、若い頃の自分のエッセンスを門脇さんに託すわけで、かなり原始的な部分があるわけです。その原始的な部分をこれまでに積み重ねてきた脚本家としての職人的な能力でコントロールして、まとめあげていくという感じです。
『結婚』でディーン・フジオカさんが演じている役は、そういう部分は自分の中にはまったくないキャラクターなんです。それでもプロとして脚本は書くことはできますからね。だから『結婚』と『世界は今日から君のもの』は両極端にある映画と言えるかもしれませんね。
監督が脚本を書くときに大事にしていることはなんでしょう?
■尾崎監督:あんまりそういうことは意識しないですね。実は脚本家として仕事をしているなかで、テーマというものを一度も考えたことがないんです。まずはこのストーリー面白そうだな、このキャラクター面白そうだな、などと考えて書き進めていくうちに、テーマは自然にわいてきますから。
それでは、監督として映画を作るうえで、一番大事にしていることはなんでしょうか?
■尾崎監督:映画を作るのにはいろいろな工程があるんですが、実際に制作に入るとスケジュール通りに映画がちゃんと出来上がるということが一番大切になってきますね。脚本家という立場であれば脚本だけに集中できるけれど、監督をする場合はいろいろなスタッフと話をして細部を詰めて、スケジュール通りに撮影を進めていくことが必要です。と言っても、まだ監督経験が少ないので、「監督とはこういうものだ」と自信を持って言えることがないんですよね。撮影中はこれで本当に映画ができあがるのかわからないまま、手探りで進めているので。そういう意味では、映画がちゃんとできあがって、それを面白いと言ってくれる人がいるというのはなんだか不思議な感じですね。
前作『ランデブー!』と今作『世界は今日から君のもの』を見ても、監督ならではの世界観が感じられたので、しっかりとご自身のビジョンがあって進められているんだと感じていたので、意外なお答えでした。
■尾崎監督:そういえば、撮影の福本さんが「尾崎さんはやりたいことがはっきりしているからいい」と言ってくれましたね。僕にしてみれば「やりたいことがはっきりしていない監督なんているんだろうか」と驚いたんです。やり方は手探りですが、描きたいシーンやキャラクターという、核になる部分は当然持っていますからね。
監督は映画業界をどういうきっかけで目指されたのでしょうか?
■尾崎監督:中学1年生の時にブルース・リー主演の『燃えよドラゴン』を観て映画を好きになったんです。そして映画を好きになったと同時に「映画監督か脚本家になりたい」と思うようになりました。
ブルース・リー作品に影響されて、アクションをやりたいと思ったりする人も多い気がするんですが、そこで監督や脚本家を目指されるというのは珍しいのではないですか?
■尾崎監督:彼の他の作品だとまた違ったかもしれませんが、『燃えよドラゴン』っていうのは単にブルース・リーがかっこいいというだけではなくて、“映画の魅力”がぎっしりと詰まっているんです。それで「映画ってなんて面白いんだろう」と圧倒されたんでしょうね。『燃えよドラゴン』はまさに自分の人生を変えるきっかけを作ってくれた映画です。
実際に脚本家とデビューされるまではどのようにされていたんですか?
■尾崎監督:僕は32歳で脚本家になったんです。中学1年生で映画監督を目指すようになってから、けっこうな年月がありますよね。その間はただ映画オタクとして映画をたくさん見続けていましたね。応援してくれる人や、映画監督のなり方などを教えてくれる人もいない状態で、ただひたすら映画を見ていました。今回の作品の中で、真実がただ引きこもって漫画を描き続けている描写があるんですが、まさにそういった感じでした。
たとえば映画学校や映画学科などで映画作りを学ぼうなどとは思われなかったんですか?
■尾崎監督:大学で映画学科に行った方がいいかと思ったこともあったんですが、お金の問題や将来的につぶしがきく道を選んだ方がいいのかなあとも思ったりして、一般性の高い文学部に進学して日本文学を研究することにしたんです。でもこれが結果としてすごくよかったと言えますね。ストーリーの構成をどうするかなど、ほぼ職業訓練と言っていいくらいの勉強ができました。
なるほど、文学を学んだことが脚本作りに有用だったのですね。では、日本文学を研究されるなかで、監督に一番大きな影響を与えた作品というのはなんでしょうか?
■尾崎監督:夏目漱石を専攻していたんです。その中でいうと、やはり「こころ」かなあ…。
中学1年生の頃から映画監督になることを目指していたという尾崎将也監督。32歳での脚本家デビューまで、映画の主人公の真実のように、ただひたすら自分の中で映画への思いを熟成させていたということを、言葉を選びながら語ってくれる姿が印象的だった。インタビューの最後にお話いただいた「夏目漱石の『こころ』に影響を受けた」という言葉からも、監督の持つ他者への優しい目線を感じさせる作風がどこからきたのか、大きな得心を得ることができた。
【取材・文】松村 知恵美