
第二次世界大戦後、“死の天使”と恐れられたナチス医師ヨーゼフ・メンゲレの南米での30年に及ぶ潜伏生活、息子との再会、そして過去の亡霊との対峙を描く映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』が、2月27日よりシネマート新宿、シネスイッチ銀座他にて全国公開。この度、ヨーゼフ・メンゲレを演じるアウグスト・ディールのインタビューが届きました。
ナチスへの忠誠を拒否する農夫(『名もなき生涯』)、ナチスの偽札作戦に協力させられたユダヤ人の天才贋札師(『ヒトラーの贋札』)、
ナチス残党への復讐を決意するホロコーストを生き延びたユダヤ人(『復讐者たち』)、
語学が堪能な若きSS将校(『イングロリアス・バスターズ』)などの数多くのナチス映画に出演し、
ナチス党員からホロコースト犠牲者といった多様な役柄を演じてきたアウグスト・ディールだが、
“怪物”ヨーゼフ・メンゲレ役のオファーにはこれまでにない葛藤を苦悩があったという。
その理由がこのインタビューで明かされました。
■ヨーゼフ・メンゲレ役をオファーされたとき、どう感じましたか?
正直に言うと、この役を受けるべきか長い間迷いました。こんな経験はこれまで一度もありません。最初に頭に浮かんだのは、「なぜこの男とその思想に、映画という場を与える必要があるのか?」という疑問でした。そして私自身のこととしても、「もしこれが自分の最後の映画になるとしたら」と考えました。人生の貴重な時間を、この“悪の象徴”のような人物を演じることに費やすのは正しいことなのか?と、とてもためらいました。しかし、監督のキリル・セレブレン二コフが「これはブラジルで静かに消えていく“ひとりの老人”の物語なのだ」と映画の構想を語ってくれました。その物語は私が想像していたものとはまったく違っていました。その後、原作を読み、じっくりと考えた末に、「出演します」と答えました。そして、この役を演じたことを後悔することはないでしょう。
■あなたにとって、ヨーゼフ・メンゲレとはどのような人物ですか?
彼は“怪物”です。しかも、この種の怪物が世界から消え去ることは決してありません。5歳のメンゲレはおそらく悪ではなかったでしょう。では、何が彼を変えたのか?ハンナ・アーレントの言う「悪の凡庸さ」という概念が、彼を理解するうえで非常に重要になります。彼は一度もアウシュヴィッツでの行為を悔いたことがありません。自らの思想を手放すこともありませんでした。アルゼンチンで暮らしていた時でさえ、彼は双子の研究に取り憑かれ続け、その怪物的な実験を継続しようとしていました。しかし同時に、不思議なことに、彼と関係を持った女性のひとりは彼の正体を知らぬまま、「私に温かさを与えてくれた唯一の男性だった」と語っています。どうしてそんなことがあり得るのか?
まさにその謎こそが、私をこの役に引き寄せました。脚本でとても魅力的なのは、“怪物”と呼ばれる人々の中にも、深く人間的な側面があることを描いている点です。恐ろしいのは、その“人間らしさ”そのものなのです。
■役作りのために、どのような資料や情報を参考にしましたか?
彼について書かれたものはすべて読みました。特に彼の息子をはじめとする証言者たちの言葉に注目しました。脚本は三章構成になっていて、それぞれがイスラエ諜報機関・モサドから逃れるためにメンゲレが使った偽名を冠しています。まるで、人生がモザイクのようにバラバラの断片でできているようでした。それぞれが異なる人物のようでありながら、根底ではひとつの世界観—“メンゲレという現実の認識”によって結びついているのです。
私にとってこの映画は、メンゲレの果てしないモノローグのようなものです。彼は他者に語りかけているようでいて、実は自分自身にしか語っていない。息子に話しかけても、犬に話しかけても、言葉の内容はいつも同じ。彼の周囲には、常に見えない壁が存在し、誰とも本当の意味で繋がることはありません。彼は、孤独な自己対話の中に閉じ込められているのです。
■『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』が、いまの時代において重要だと思う理由はなんですか?
ヨーゼフ・メンゲレは“地上の地獄”を創り出した人間です。にもかかわらず、戦後、彼が何をしたかを知る人はほとんどいませんでした。生存者たちが証言を始めるまで何年もかかり、彼が世界的に知られるようになったのは、ずっと後のことでした。それを考えると、「今現在も私たちがまだ知らない“メンゲレたち”が存在しているのではないか」と思わざるを得ません。
私たちは本能的に、彼のような人間を“怪物”として箱に閉じ込めたがります。しかし、それはあまりにも安易な姿勢です。この世界には、いまも多くの“メンゲレ”が存在し、悪はまさに現在進行形で起きています。私たちにできるのは、それが“人間的なもの”であると同時に、“抑えることができるもの”と意識すること。それこそが、私たちの責任なのです。
ナチス政権崩壊から80年が過ぎた今でも、ナチスを題材として映画は数多く作られ、全世界で公開されています。彼らがおこなった非人道的な行為が決して忘れられることがないように、メンゲレのような怪物が二度と現れないように、キリル・セレブレンニコフ監督やアウグスト・ディールが本作に込めたメッセージを劇場でご覧ください。
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