P.N.「オーウェン」さんからの投稿
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2024-06-08
※このクチコミはネタバレを含みます。 [クリックで本文表示]
この映画「キング・オブ・コメディ」の主人公は、例によって偏執狂(パラノイア)的な人物で、映像は、それに対応して、妄想や想像と、現実的な知覚との間を往復するのだが、「ミーン・ストリート」で、すでにお馴染みのこの技法も、ここではごく自然なやり方で使われている。
ストーリー自体は、実に単純だ。
ニューヨークのスタテン・アイランドに母親と住み、テレビのトーク・ショーのスターになりたいと思っている男ルパート・パプキン(ロバート・デ・ニーロ)がいる。
彼は、壁に観客のシルエットまであしらった自分の部屋で、マイク片手に、ジョニー・カーノン流のコミカルな話芸をたえず練習しているのだが、そのうち、彼の目には壁のシルエットが生身の観客に変わり、自分がテレビの喜劇王(ザ・キング・オブ・コメディ)になったかのように思えてくる。
ある日彼は、崇拝する人気コメディアン、ジェリー・ラングフォード(ジェリー・ルイス)が、ファンにもみくちゃにされているどさくさにまぎれて、ちゃっかりジェリーの車に同乗してしまう。
見ず知らずの男に車に乗り込まれて不快さを隠さないジェリーは、テレビに出るチャンスを与えてくれとせがむルパートに対し、秘書に電話をしてアポイントメントを取ってくれれば、いつでも相談にのると言って、このやっかい者をあしらう。 しかし、思いこんだら命がけというのがスコセッシの映画の主人公の典型的なキャラクターだ。 ルパートは、ジェリーのオフィスに通いつめる。 ようやく、秘書に、トーク・ショーのサンプル・テープを持ってくるようにと言わせることに成功した彼は、あの自室の〈スタジオ〉で制作したカセットを、喜びいさんで持参する。 しかし、この手の売込みが毎日ゴマンとあるプロダクションの方は、彼のテープを真面目に検討する気などは毛頭ない。 ルパートは、ジェリーと直接話ができれば、問題は全て解決すると思う。 そこで彼は、郊外にあるジェリーの別荘を探し出し、直接交渉を決行する。 これは、ジェリーを怒らせただけで、テレビ界への頼みの綱は、完全に断たれてしまう。 一方、ルパートとは別に、ジェリーを自分のものにしたいと思って彼をつけまわしている女がいる。
このクレイジーな女マーシャを演ずるサンドラ・バーンハードの演技は、ちょっとした見ものなのだが、ルパートのパラノイアとマーシャのクレイジーさが結びつく時、その結果は見えている。 マーシャとルパートがどのように知り合い、どのようにジェリーを誘拐するに至るかは、完全にデ・ニーロを食ってしまうバーンハードの演技とともに、映画を見てのお楽しみというところだが、誘拐が簡単に成功し、その取引条件が受け入れられて、ルパートはジェリーの代わりにテレビに出、そのあげく、誘拐犯のテレビ出演--新喜劇俳優の誕生と、一朝にして彼が全米のスターになってしまうというのは、いささか話がうますぎる気がする。 しかしながら、誰しもが何らかのパラノイアの中で生き、彼や彼女らの妄想が、時には現実になってしまうのがニューヨークだとすると、そこを舞台にしているこの映画で、クレイジーな男の妄想が、あっさり現実化したとしても不思議ではないのかもしれない。