映画『今日もどこかで馬は生まれる』平林健一監督 単独インタビュー

映画『今日もどこかで馬は生まれる』平林健一監督 単独インタビュー
提供:シネマクエスト

毎年7000頭以上が生産されるというサラブレッド(競走馬)。そのなかで天寿を全う出来るのはごくわずかだ。馬の多くは引退後まだ若いうちに、人間によってその生涯を閉ざされる。『今日もどこかで馬は生まれる』は、競馬業界で“暗黙の了解”とされている引退馬の“その後”に注目したドキュメンタリー映画だ。引退馬の問題に肉薄するべく、競馬に携わるさまざまな立場の人たち――生産者や馬主、ジョッキーに調教師、さらに引退馬に余生を過ごさせる養老牧場の経営者から馬を活かしたビジネスを展開する経営者まで――にカメラを向けた。企画・編集・監督をこなし、彼らホースマンたちからの提言をすくい上げた平林健一監督に話をうかがった。

もともとは劇場公開する予定ではなかったそうですが。

■平林健一監督:(公開する)K’s cinemaさんから声をかけていただけたのは予想外でした。この作品はクラウドファンディングで製作費を集めたので、その返礼品として(出資者に配る)DVDを作るところまではやろうと。販売するかどうかは後で考えようと思っていましたが、DVDのプレス業者が映画業界とつながりがあったことで劇場を紹介していただけたのです。私が通った多摩美術大学では自主映画を作るのが盛んで、作品を劇場で上映しようとするとコチラがお金を払って……が常識でしたので、最初は「騙されているんじゃないか」と(笑)。

撮影を始めるにあたって、綿密に構成を考えたうえで?

■平林監督:これまで映像制作会社でたくさんのドキュメンタリーを作ってきましたが、だんだん刺激がなくなってきてキャリアに変化をつけたい時期だったので、「まずは作ろう」という気持ちでスタートしました。今考えるとノープランでした。ですから、構成は撮りながら考えていきました。撮り終えたインタビューの登場順は、最終的にポスプロの段階で。会社員時代から部下には「ドキュメンタリーでも台本を書け。しっかり構成を考えて撮影に臨まないと、主体性のない作品になるぞ」って言ってきたんですけどね(笑)。

きっかけは、やはり競馬が好きだから?

■平林監督:はい、シンプルに。だからこそプロパガンダ的なまとめ方はしたくなかった。競馬の長い歴史の中で産まれてきたある種の“陰”とか“闇”の部分に、いちばん苦しんでいるのは当事者たちです。「伝えたい」気持ちは自分の中で熱くなっていったけれど、自己満足すれば良いわけではない。クラウドファンディングで応援してくれた人のことも考えると、引退馬の未来に対しての一助になる、前向きなものにするのがベストだろうと思いました。

JRA(日本中央競馬会)のサポートはすんなり得られましたか?

■平林監督:最初はどこの競馬場もダメでした。結果的に協力していただけたのは、JRAと信頼関係を築いている方たちのご配慮です。最初にコンタクトをとったのは「NPO法人引退馬協会」代表の沼田恭子さん。そして引退馬問題に情熱を注いでいる鈴木伸尋調教師を紹介していただきました。鈴木先生から「競馬は好きですか?」と訊かれ、即座に「好きです」と。「じゃあがんばりましょう」と言っていただけました。福島競馬場で馬主の吉冨学氏(ラーメンチェーン一蘭・社長))の取材をしたとき、競馬場の広報室スタッフも同席していたのですが、終わったあと「なるほど、分かりました」と。「競馬を否定するようなものを作りたいのではなくて、課題に対して前向きに考えていきましょうというスタンスだということが」――やっと伝わったと感じた瞬間でした。そこからはスムーズに運ぶようになり、取材申請も楽になりましたね。

競馬が好きになってから、引退馬のことを気にし始めたのはいつごろからでしょう。

■平林監督:競馬ゲームの中で馬が引退すると、「乗馬として引き取られることになりました」と出ますよね。「ああ、引退したら乗馬になるのか」と刷り込まれました。PCを手にしてからネットの掲示板を見ると、「乗馬なんてウソだ、肉になったんだよ」なんて書き込みがある。「なんかこれは信憑性がありそうだぞ」と。普通にこのまま競馬を楽しんでいいのだろうかと悩みながらも、週末になると競馬が楽しい自分がいる。その繰り返しでした。

食肉業者に取材した“屠畜”についてのシーンは胸が詰まります。

■平林監督:(取材の依頼は)50ヵ所以上に断られました。もちろん食肉業者からすると(取材を受ける)メリットがないですもんね。そんな中、長岡市の「長岡食肉センター」からOKをいただきました。作品全体を見た時に、このシーンがあるのとないのとではぜんぜん違います。そこから後に登場する人たちの、言葉の重みが違いますから。

ナレーションが観る者を丁寧に誘導してくれる反面、いくぶんテレビ的な印象もあります。

■平林監督:ナレーションは魔法です。(それによって観る人に)フィルターがかかってしまいますから、良くも悪くもテレビ的だなとは思います。ある方には「ちょっと説明過多かも」と言われましたが、まずはちゃんと伝える、分かりやすく情報を整理することが重要だと。引退馬の問題はとてもセンシティブなので、情報は正しく合点がいくように伝えないといけません。そこはナレーションが担ってくれたと思います。

観た人には何を求めたいですか?

■平林監督:引退馬の問題を考えるきっかけになったら、と思います。いろんな人が観てくれて議論を起こす一助になったなら、それがゴールです。

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プロフィール
平林健一/ひらばやし・けんいち
1987年生まれ。高校を中退後、漫才の道へ。その後、多摩美術大学映像演劇学科に入学し、映像制作を学び監督作品のいくつかがコンテストで賞に輝く。マスコミ関係の会社へ入社後は、ディレクターとしてドキュメンタリー番組や企業VPを数多く担当する。会社公認で映画サークルを立ち上げ、ドキュメンタリー映画『今日もどこかで馬は生まれる』を企画。クラウドファンディングによる支援を得て、構想から約一年半で完成させ、それを機に独立する。

取材・文 川井英司

最終更新日
2019-12-27 12:00:24
提供
シネマクエスト(引用元

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