『どついたるねん』や『顔』などを手がけてきた阪本順治監督の26本目の映画『半世界』。阪本監督は稲垣吾郎を主演に迎え、旧友や家族たちと初めて真剣に向き合おうとした40歳を目前にした男の姿を描いている。「土の匂いのする男の役を稲垣吾郎に演じて欲しい」という監督のたっての願いで起用されたという稲垣は、ヒゲをはやし、荒々しい言葉遣いをするこれまでのイメージとはまったく新しい役柄に挑んでいる。自然の中で素朴に生きてきた男という新たな役柄で、新しい魅力を開花させた稲垣吾郎にインタビューを行った。
今作の役柄は、今までのイメージとはまったく違うものですが、最初に脚本を読んだ時の感想はいかがでしたか?
■稲垣吾郎:今回の役柄に一番驚いたのは僕かもしれませんね。でも、そういう驚きって後々すごくいい形に変わることがあるんですよ。例えば、僕が30代の時に演じた三池崇史監督の『十三人の刺客』でも、最初すごくびっくりして。でもあの暴君を演じて、新しい自分を発見することができたんです。やっぱり、役を演じるってそういうことだと思うんですよね。「ああ、いつものああいう役柄ね」って思われてたのではしょうがないし。だから、こういう新しい役を演じることで、俳優としての深みが出るんじゃないかと思いました。
阪本順治監督とは初めてのタッグですね。
■稲垣吾郎:そうですね。監督もベテランで、いろんな俳優さんを見出してきた監督ですからね。この役を演じて欲しいと、自信を持って僕にシナリオを届けてくれたんです。それで、この方について行けば間違いないという安心感がありました。阪本監督には安心感とカリスマ性があるんですよ。だから、未知の役柄にも臆せずに飛び込んでいくことができました。
今回の役柄には昭和の頑固な親父という父親像を感じました。演じていてどうでしたか?
■稲垣吾郎:今回監督に言われたのは、自意識がない、自分自身に興味がない男、ということでした。だからその感じを意識して演じていました。今までの僕の役というと、自意識の塊のような役ばっかりだったんでね。だから今回、役になっていくために、自分を消していく作業をしました。肉付けしていくのではなく削ぎ取っていくという感じ。削ぎ取っていって最後に残ったものが答えだと思うんですよね。そこにこそ、監督が僕にこの役をやって欲しいと思った理由があるんだと思ったんです。だから、今まで僕が身につけてきた自意識を削ぎ取っていって、役になっていきました。
最後に残った稲垣さんの芯にある部分こそが、監督が「稲垣吾郎に土の匂いのする役を演じて欲しい」と思われた理由なんでしょうね。
■稲垣吾郎:自分もああいう場所で生まれてああいう生き方をしたら、紘のような人格になっていたのかもしれないですよね。子どもの頃から芸能界にいたので、そこで自意識過剰な人格が形成されてきた部分はあると思うんです。
今回の撮影は三重県南伊勢町で行われたんですよね。
■稲垣吾郎:本当に土地の持つパワーというのは大きくて、土地とか場所にひっぱってもらった部分も多いと思います。撮影していると、だんだんみんながその土地の人になってくるんですよ。東京からやってきた阪本組の撮影隊なんですけど、南伊勢の自然の土や木と同化していくんです。そういう、地元に同化しているスタッフにいざなわれて、僕も役に入っていくことができました。それこそが阪本組マジックなのかもしれないですよね。まずその土地に同化して、物語も地に足のついたものになっていくんだと思います。
実際に、炭焼きもご自身でやられたんですか?
■稲垣吾郎:あの炭焼き小屋はある炭焼き職人の方が一人で切り盛りされているという、すごく珍しい炭焼き小屋なんです。実際の職人さんが一人で山で木を伐採して、窯に木を並べて、炭焼きまで一人でやられている。その方にも指導していただきながら炭焼きのシーンは演じました。もう、圧巻でした。ものすごく熱いし、本当に大変な作業なんですよ。でもなかなかできる経験ではないので、すごく面白かったですね。夜に舞う火の粉も美しいし、自然の火の美しさというのも、観ていただきたいシーンですね。
瑛介役の長谷川博己さん、光彦役の渋川清彦さんとの共演はいかがでした?
■稲垣吾郎:長谷川さんも渋川さんも本当に尊敬すべき力のある俳優さんですからね。渋川さんはこの作品の撮影の後にもご一緒したんですけど、まったく違う演技なんですよ。さすがだなと思いましたね。長谷川さんとは今回が初めての共演だったんですけど、しっかり演技を作り込まれていて、集中力がすごいんです。役に入っているので声を掛けづらい雰囲気でした(笑)。この間、東京国際映画祭で久しぶりに再会したんですけど、まったく違う雰囲気だったんですよ。だから、撮影中はずっと瑛介に入っていたんだなと思いましたね。でも、スタッフや他の役者さんたちも、東京で会うとあの時の人たちと同一人物とは思えなかったりもするんです。撮影中の伊勢でも東京でも、変わらないのは監督だけっていう(笑)。
稲垣さんも他の方から「あの時の吾郎さんとは別人みたい」とは思われているんでしょうね。
■稲垣吾郎:僕もそう思われていたらうれしいですね。それだけ紘として生きられたということですから。
阪本順治監督と阪本組にいざなわれ、自分の自意識を削ぎ取って演じたという『半世界』。彼にとって、新しい環境下での初めての主演映画となる本作が、彼の新たな代表作になることは間違いない。この作品を観て、“土の匂いのする”新しい稲垣吾郎の魅力をぜひ発見して欲しい。
【取材・文】松村知恵美
◆ヘアメイク:金田順子
◆スタイリスト:細見佳代(ZEN creative)
◆衣装クレジット:LAD MUSICIAN(ラッド ミュージシャン)