京都府井手町を舞台に、中学時代にロードバイクに出会った二人の少年の再会を描いた映画『神さまの轍 -Checkpoint of the life-』が3月17日に公開される。ロードバイクに魅入られてプロのロードレーサーとなった佐々岡勇利と、ロードバイクを忘れて就職しようとしている小川洋介を演じるのは、荒井敦史と岡山天音という二人の若手俳優だ。今回、この作品の企画・脚本・監督を努めた作道 雄(さくどう ゆう)監督と、天才的なロードレーサー・勇利を演じた荒井敦史にインタビューを行った。
京都府井手町を舞台にこの作品を監督することになったきっかけを教えてください。
■作道監督:これまでいろいろな地域でPR動画を作っていたんですね。それで、二年半前くらいに井手町の町役場の方とつながりができて、井手町でも地域の魅力をアピールする作品を作ろうということになったんです。最初は小さい短編映画、Webムービーでというような話だったんですが、地元だけで消えていく映画にしたくないという思いが強くなり、全国公開の映画にすることになりました。
映像からロードバイクの躍動感や臨場感が伝わってきましたが、監督ご自身はロードバイクの経験があるのでしょうか?
■作道監督:実は乗ってないんですよ。でも、今作のために撮影前にロケ地は全部ロードバイクで回りました。
荒井さんはロードバイクの経験者ということですね?
■荒井敦史:ロードバイクっていうのは、本当に特殊なペダルなんですよね。それまでは街乗り用のピストとかには乗っていたんですけど、レース用のバイクはとても難しかったです。ちょっと経験はあったものの、結局は初心者みたいなものでしたね。
どのくらい練習されたんでしょうか?
■荒井:東京でも練習して、京都でも練習しましたね。撮影期間中もまとめたら1ヶ月半くらい練習しましたね。(岡山)天音とはロケ地でもずっと一緒に練習してました。
岡山さんはどういう俳優さんでしたか?
■荒井:けっこう自分の世界観を重要視するタイプの俳優さんだと思いますね。撮影が始まったらガラッと変わって空間を支配するんですよね。同世代の役者さんの中で一番気になる俳優です。楽屋とかで喋ってても次に何をしゃべるか予想がつかないタイプで、引き寄せられるものがあります。他の俳優さんでいうと、二階堂ふみちゃんとかにも似たようなものを感じたんですけど、何が飛び出してくるかわからない感じです。
それでは監督、荒井さんはどういう俳優さんですか?
■作道監督:役者さんを型にはめて区別して語るのはあまりよくないとは思うんですけどね…、でも、荒井さんは佇まい、存在が“俳優”だなあという気がしますね。荒井敦史が演じるキャラクターがいると、その存在自体がオンリーワンだし、頼もしいんですよね。荒井さんはそこに立っているだけで、キャラクターが生きていることを表現できる俳優さんです。
対する岡山さんはどういう俳優さんでしょうか?
■作道監督:天音君はセリフ、言葉の役者さんだと思うんです。セリフをどう言うかというところをすごく考えているし、セリフの表現方法で、キャラクターに意味を持たせるというか。僕もまだ監督歴は浅いんですけど、俳優さんには存在の俳優さんと言葉の俳優さん、二種類の俳優さんがいるなあという気がしますね。
なぜこの二人の俳優、存在の荒井さんと言葉の岡山さんをメインキャストに選んだんでしょうか?
■作道監督:やっぱりその、勇利と陽洋介というキャラクターの違いがあるんですよね。(荒井が演じた)勇利くんは天才なんですよね。天才って側からみると不思議ちゃんじゃないですか。だからセリフをどういうかよりも、その存在自体で普通の人との違いを出せる俳優さんであることが大事なんですよね。対する(岡山が演じた)洋介くんは言ってみれば凡人なんです。凡人って頭の中でいろいろ考えたことを言葉で口に出すことで自分の存在を示す部分があるというか。だから、荒井さんと岡山さんが二人のキャラクターにはまったんですよね。
荒井さん、勇利を演じる苦労は何かありましたか?
■荒井:この作品で、僕ら(荒井・岡山の大人パート)の撮影の前に中学時代の勇利と洋介の撮影があったんですよね。だから中学時代とあまりに違うキャラクターになってもダメだというのがありましたね。それと、天才的なキャラクターということで、他者とは感性が違う存在というのをどう表現するかが難しい部分でしたね。中学時代、洋介は笑わないけれど、勇利は笑うキャラクターなんです。でも大人になってから、勇利はあまり笑わないようにしました。洋介は社会に出て常識を身につけているので、ちゃんと笑顔を出すんですよね。でも勇利はあまり人に合わせて笑ったりしない、そういうところを考えて演じていました。
中学生時代の二人を演じた子役さんとは、何かコミュニケーションなどはされたのでしょうか?
■荒井:中学時代の勇利を演じた望月歩くんとは『真田十勇士』で共演していたんです。映画版の後に舞台もあったんで、半年くらいずっと一緒だったんです。だからコミュニケーションはとれていたんですよね。歩はお兄ちゃん気質で、洋介役の吉沢太陽くんはちょっとクセのあるタイプで(笑)。だから僕がずっと話しかけては、二人にあしらわれるという感じでしたね。彼らの方が大人です(笑)。
監督、望月歩くんと吉沢太陽くんにはどういう演技指導をされたんでしょうか? 荒井さんと岡山さんの演技に似せていったようなことはあるんでしょうか?
■作道監督:彼らにはそういうことは言ってないですね。逆に「気にしないで演じて」と言ってました。実は彼ら二人も俳優さんとしてタイプが違うんですよね。(勇利を演じた)望月くんは存在感の人で、不思議ちゃんでしたね。(洋介を演じた)吉沢くんは、普段はこの世の人じゃないような雰囲気を持っているんですけど、お芝居に入るとどこにでもいる子どもみたいになるんです。僕がさっきから言っている「存在感の人」「言葉の人」というのは、撮影の初日に彼らの芝居を見て浮かんだ言葉なんですよ。
そういう意味では、キャスティングがぴったりとはまっていたということなんでしょうね。メインキャスト以外でも、脇を固める俳優さんたちも素晴らしかったです。脇役のキャラクターの皆さんのセリフも印象的だったんですが、どのようにシナリオを作っていかれているのでしょうか。
■作道監督:自分の体験をもとにしていることが多いですね。阿部進之介さんが演じた塾講師の役は、僕が大学時代にアルバイトをしていた塾の先生をイメージしたキャラクターです。言っていることはかっこいいんだけど、お前が言うな、みたいな先生で。六角精児さんが演じた「自転車おじさん」も、実際に僕が幼い頃に近所にいらっしゃった方をイメージしましたね。障害を持った方で、僕は彼とどう接していいかわからず、関わりを持たないようにしていて、それが僕の中でひっかかっている部分があったんです。だから、高校時代の同級生と飲みに行ったりして、これまでの27年の記憶を掘り起こしながら、思い出を美化しないように気をつけながら手触りを掘り起こしてシナリオを作っていきました。
六角精児さんが演じた「自転車おじさん」の役柄はとても重要なキャラクターでしたが、監督ご自身の体験があったんですね。
■作道監督:実は今作は自転車おじさんが裏の軸のような部分がありますね。地域、街の活性化をテーマとして考えた時に、近いところに住んでいるけれど、自分にとって一番遠い存在、そういう人とどう交わっていくのかってすごく大事だと思うんですよね。ある意味、コミュニティにとってのテーマでもあるというか。彼らのようなどう接していいかわからないと思われている人と純粋なまなざしで付き合っていると、人生が変わるようなヒントがあるかもしれないじゃないですか。それで、自転車おじさんに勇利が言葉で救われるという展開がいいなあと思ったんです。
荒井さん、六角精児さんと絡むシーンが多かったように思いますが、何か俳優としてのアドバイスなどはあったのでしょうか?
■荒井:勇利が自転車おじさんの言葉を繰り返すシーンがあるんですが、僕がとても悩んでいて、形だけセリフになりかけていたんですよね。そこで役者同士として「今のでは伝わらないよ」とアドバイスをくださいました。セリフをどう伝えたいのか考えろというようなことですね。そういうアドバイスがあって、物語のキーになるあのシーンが出来上がりました。
監督、タイトルに込められた意味を教えてください。
■作道監督:まあ、運命というか…。本当は本編に入れるつもりで消したナレーションがあったんです。「自分がどういう道を進むのかは誰もわからない、神さまが作っている轍の上をひたすらに信じて走っていくしかない」というような内容です。運命をどう生きるかということをキャッチーに伝えるにはどういうタイトルにしてらいいかと考えて、このタイトルになりましたね。皆さんには「カミワダ」という略称で呼んでいただいて、流行っていくといいんですけどね。
監督が映画を作る上でいつも一番大事にしていることはなんでしょうか?
■作道監督:できるかぎり、人間としてのリアリティを描きたいというか、嘘のない演出やストーリーテリングをしたいですね。そのために嘘のないセリフを書いていきたいと思います。映画だから盛り上げるセリフやストーリーを作るということではなく、人間的に嘘のない姿を描きたいですね。
荒井さんは、どのような俳優になりたいとか、目標などはありますか?
■荒井:なんですかね…。現状維持が一番いいというか、時の流れに身を任せというの感じですね。毎年、目標として現状維持って言ってて、向上心がないと言われるんですけど、現状維持ってそういうことじゃないと思っているんです。維持しつつもその時に応じて変化していくのがというか…。やりたいことをやれている今がとても幸せだし、いろんな人に出会って常に新たな経験をしていければいいと思いますね。50代になっても役者がやれていればいいなあと思います。
この作品が劇場長編映画デビュー作となる1990年生まれの作道雄監督。まだ若い監督ながらも、作品に関する明確なビジョンを持ち、的確、明瞭な言葉で作品について語る姿が印象的だった。天才キャラ、勇利を演じた荒井敦史は、作道監督の言葉どおり、まさに存在感が際立った俳優。言葉を選びながらも作品や役柄について丁寧に語ってくれた。もう一人の主役である岡山天音やストーリーの裏の軸となる六角精児らの演技も光る映画『カミワダ』、ロードバイクでキャラクターたちと一緒に走っているような臨場感を感じられる、爽やかな青春映画だ。
【スタイリスト】
岡村 春輝
HARUKI OKAMURA
【ヘアメイク】
西澤 環
NISHIZAWA TAMAKI
【取材・文】
松村 知恵美