初恋のときめきと戸惑いをみずみずしく描いたブラジル映画『彼の見つめる先に』。
主人公は盲目の少年レオナルド。体も心も大人への階段を登り始める思春期真っ只中の彼と幼なじみのジョヴァンナ、転校生のガブリエルが送る悩ましくも刺激的な日々を美しい映像と心に響く音楽と共につくり上げたダニエル・ヒベイロ監督が、2018年3月10日(土)の公開を前に来日し、お話を伺った。
ほんとうに素敵な映画ですね。心が洗われるような清々しい青春映画だと思います。設定には辛いものがあるかもしれませんが、まったくそれを感じさせない、ごく普通の、世界中どこにでもいる10代の若者の初恋模様が描かれていて、とても新鮮でした。
■ダニエル・ヒベイロ監督:清々しい、明るい映画が最近なかなかないので、そういう映画を作りたかった。ゲイのラブストーリーで、とくに若い子を扱ったものだと、自殺をしてしまうとか、辛い別れがあるとか、悲劇的な結末のものが多いけれど、この映画はシンプルに、ストレートのカップルを描くのと同じように描きたいと思ったんだ。
印象的だったのは光の美しさです。柔らかい光がとてもきれいでした。それは意図されているんだと思うんですけど、さらに、光と水のイメージがとても上手に使われているなと思いました。冒頭のプールの揺らめきとか、シャワーのシーンとか。水の使い方も、やはり狙ったんですか?
■ダニエル・ヒベイロ監督:光に関しては、美術監督と撮影監督と僕との3人で、決まり事というか、パステルのカラーパレットが出来ていた。僕たちがほしいものは明確だったから、その中で演出したんだ。だから温かみのある柔らかい色味で、無垢なラブストーリーと呼応するものを考えたんだよ。でも、水に関しては特に意図はしていなかった。ただ、水のあるシチュエーションって、服を着ていないということだよね(笑)。プールでもわずかしか身に着けていないし、肌を露出するということだ。10代というのは体がみるみる変化し、自意識も強くなっていく時期なんだけど、他の子たちとは違って、レオの場合は自分の目で確かめることができないから余計に体への関心が強くなって行く。そういったことを示唆するシーンに水が出てきたんだと思う。
目が見えない主人公のレオですが、描き方がとても自然でした。監督の身近に目の不自由な方がいらっしゃったんですか?
■ダニエル・ヒベイロ監督:いや、僕の周りにはいなかった。だからレオを演じたジュレルメ・ロボの演技に負うところが大きいんだ。90%は彼がやり遂げてくれた。彼の出演が決まってから多少はリサーチをしたよ。盲目の人を支援する団体に当たって、点字タイプの打ち方とか、技術的なことはね。それでも、直観的にジュレルメが演じてくれたというのがほとんどかな。もちろんクルーとキャストの間で、盲目の人なら、こんな時はどうするんだろうとか想像して、ディスカッションも重ねたけど。リサーチよりもそういった部分から生まれたものが多いんだ。
ジュレルメ・ロボくんは本当に上手で、演技ではなくて本当に盲目の少年なんじゃないかと思ってしまうほどです。
■ダニエル・ヒベイロ監督:そうなんだ。彼は当時14歳だったんだけど、撮影の、その瞬間に彼がその年齢でいてくれたことが幸運だったとしか言いようがないね。
どうやって彼を見つけたんですか?
■ダニエル・ヒベイロ監督:実は、ジュレルメの友だちがオーディションを受けに来たんだけど、彼は年齢が合わなくてね。そうしたら、年齢がぴったりな友だちがいるということで、ジュレルメに出会ったんだ。彼のお母さんは歌手で、彼自身もミュージカルに出演した経験もあり、とてもアーティスティックな環境で育っているから遺伝的な才能もあるかもしれない。
素晴らしい出会いだったんですね。彼だけじゃなくて、ガブリエル役のファビオ・アウディもジョヴァンナ役のテス・アモリンもとても上手で、ほんとうにぴったりでした。いじめっ子役の子もとても自然で。
■ダニエル・ヒベイロ監督:映画では配役が一番大事なんだ。正しくキャスティングできるかどうかに、作品の出来が左右される。どれだけ脚本で色々なことを書いたとしても、そこに化学反応が生まれなければ結局表現しきれないからね。この映画でいえば、三角関係が機能しなければうまく行かないんだ。冒頭のシーンで、レオとジョヴァンナが幼い頃から一番の仲良しだったというところに説得力がなければいけない。ファビオ演じるガブリエルが、新参者の転校生で現れる。彼はシャイで、まだ打ち解けていない。そのあたりも説得力を持って見せることができなければ機能しないんだけど、彼らはそれを全部やってのけてくれた。
その三角関係というのが、うまく表現されていました。3人いると、誰かひとりが二番手に落ちますよね。2人ならお互いが一番ですけど。そのあたりが見事に描かれていました。
■ダニエル・ヒベイロ監督:そうなんだよね。3人の中で、とくにテス演じるジョヴァンナの立ち位置は難しいんだ。いろんなことを担っている役だから。というのも、2人の男の子たちにうまく行ってほしいと思うだけじゃなくて、観客には彼女が邪魔をしているように思ってほしくなかったんだ。3人のことを揃って応援したいと思ってほしくて。
ジョヴァンナは切ないですね。女性にとっては感情移入しやすいんじゃないでしょうか。
■ダニエル・ヒベイロ監督:うん、うん。だからちょっと危惧した点としては、女性嫌いとか、女性を敵視した構造にはしたくなかったんだ。彼女が余計なものみたいに映らないようにね。ジョヴァンナはとても気立てがよくて、観ている人が共感できる。そうでないとボーイズ・ムービーみたいになってしまうから、そのあたりには気をつかったし、テスともよく話し合ったんだ。
とても上手でした。彼女がいなければレオとガブリエルもうまく行きませんね。
■ダニエル・ヒベイロ監督:そうなんだ。ジョヴァンナは親友を失う。というか、ちょっと距離ができてしまう。レオがゲイだと知って、自分とロマンスが生まれることはないんだという現実にぶち当たる。でも、レオとガブリエルにはうまく行ってほしいと考えられるようになって行くんだ。
女の子は男の子より先に成長するってことでしょうか。
■ダニエル・ヒベイロ監督:ふふふ、そうだね。
完璧なトライアングルですね。そのジョヴァンナはロマンスに憧れ、レオは自立したいと願っていて、なんでもひとりでやってみたい。ロマンスにも自立にも憧れる年頃なんですね。だから、オープニングでは「きょうはひとりで帰りたい」と綴られるのが、最後は「きょうはひとりで帰りたくない」になる。
■ダニエル・ヒベイロ監督:そうなんだ。この映画のポルトガル語のタイトルは「今日はひとりで帰りたくない」なんだよ。
色々な経験して少しだけ成長したってことでしょうか?
■ダニエル・ヒベイロ監督:むきになって「きょうはひとりで帰るんだ」って、突っ張らなくても、自立することはできるからね。
彼らの年齢だと親から自立したいという気持ちが芽生えるのは自然なことだと思います。レオの場合は留学という大胆なアイディアに飛びつきますが。監督自身は、外国に行きたいとか、家族から離れたいと考えていましたか。
■ダニエル・ヒベイロ監督:僕? いや、それはなかったな。自立したい気持ちはあったけど。レオの場合は、自分がゲイだということを、なんとなく自覚し始めていて、もしこのままだと両親を失望させてしまうかもしれないと考えてしまった。誰も自分のことを知らない場所でなら、もともと期待されていないから失望もされないし、自分自身でいられるという気持ちも潜在的にあったかもしれないね。僕自身が外国に行きたいと思わなかったのは、家族とハッピーに過ごしていたというのもあるけど、90年代だったから、今よりゲイに対して社会が閉鎖的だったことも影響しているかな。そんな中、うちの家族はオープンだったけどね。それでも、僕はカミングアウトしなかった。たとえ告白していても問題はなかっただろうと思う。うちの親は信仰に篤いわけでもなかったし。僕は両親に恵まれていると思うよ。実は母から「ゲイなんじゃないの?」と聞いてきたんだ。彼女としては、僕が自分から言い出さないから、僕がまだはっきりと自覚できていないんじゃないかと思ったのかもしれない。逆に言えば、お互いに言い出せないというのは不幸だと思うんだ。たとえ気づいていても、コミュニケーションがとれていなければ、どう対応して良いかわからなくて、お互いの思いが空回りして行き場がなくなってしまうこともあるから。実は、レオの母親のセリフにちょっと含みを持たせているんだよ。終盤、「あなたも将来、自立するし、誰かを見つけて出て行くのよ」とレオに言うんだけど、“誰か”であって“女の子”とは言わないんだ。そこに、母親がすでに気づいているんじゃないかと、それを認めているんじゃないかというニュアンスを込めてみた。
なるほど。お母さんはいつもレオのことを一番に考えて、心配して。でも、うるさいお母さんというよりは、辛いんだろうなというのが伝わってきました。
■ダニエル・ヒベイロ監督:彼女にとってはかなり辛いことだと思う。盲目の息子から自立したいと言われたんだから。かといって、ずっと自分のそばに置いておくわけにも行かないし。編集の段階で、母親を過保護なだけの人に見せないようにする工夫はしたよ。ただ、彼女がもし過保護だとしても、そうなる理由があるわけだよね、それを観客が理解できるかどうかなんだ。つまり、それぞれの視点から見たら、本人は正しいと思うことをしているんだ。だから、それぞれの視点を理解できるようにしたかった。レオにはレオの考えがあるように、ほかの登場人物全員の考えも分かるようにね。ただ、そういう風に書くのは難しくて、脚本を執筆する上で一番のジレンマだったよ。
この映画には、いわゆる悪人は出てきませんが、そこに好感が持てますし、リアリティを感じます。10代の子に対しては、たとえ盲目ではなくても、親は過保護になりがちだと思います。
■ダニエル・ヒベイロ監督:愛する者を守りたい、幸せになってほしいと思って生きているわけだからね。
さて、この映画では音楽も重要な役割を果たしていますが、監督ご自身で選曲されたんですか。
■ダニエル・ヒベイロ監督:ベル・アンド・セバスチャンは僕のチョイスだけど、他の曲に関しては、編集の段階でオリジナル曲が出来上がっていない場合、イメージをつくるために編集の担当者が適当に音をはめ込んで行くんだ。元々はオリジナルを作曲をしてもらおうと考えていたのに、結局は既成の音楽を使うことにしたのは、うまくはまったのを僕が気に入ったから。まさに偶然の産物なんだ。
どれもぴったりでしたが、レオとガブリエルが月食を見に行った帰りに自転車の2人乗りをするハッピーなシーンに流れる曲がとくに良かったです。
■ダニエル・ヒベイロ監督:あれはほんとうにアクシデントで、編集者がなんとなく当てはめていた曲なんだ。実は、元々あのシーンはあんなに長くするつもりはなくて、もっと短くカットするつもりだったのに、あの曲があまりにはまって幸福感があったから、あ、これはいいってことで、決定したんだ。
ほんとうに名シーンですよね。
■ダニエル・ヒベイロ監督:意図してなかったんだけど(笑)。編集者は「ただなんとなく当てはめただけで、そんなにいいと思わないな」と言ってたんだけど、「いや、これだ!」って、僕が説得した。その後、もっと歌詞のある既成の音楽を入れようという方向になったんだ。
どれもシーンにぴったりです。
■ダニエル・ヒベイロ監督:今となっては編集者も納得しているよ(笑)
キャスティングも編集もパーフェクトですね。
■ダニエル・ヒベイロ監督:ありがとう。
いよいよ日本での公開ですが、ずっと心に残る映画になると思います。
■ダニエル・ヒベイロ監督:愛についての映画だからね。愛は永遠さ(笑)
監督には、この先も期待しています。
■ダニエル・ヒベイロ監督:僕自身もそう願っているよ(笑)
ほんとうのキスがどんなものかに想像をふくらませる主人公レオナルドは、転校生ガブリエルの登場をきっかけに、様々な初めてを経験して行く。髭を剃ってみたり、お酒を飲んだり、夜中にこっそり家を抜け出したり、もちろん初めてのキスも。すべては彼が盲目であろうとなかろうと、ゲイであろうとなかろうと、誰もが経験する人生の初めてだ。そんな普遍性のある青春映画『彼の見つめる先に』で長編デビューを飾ったのは、ちょっとシャイな笑顔がチャーミングなダニエル・ヒベイロ監督。本作は2014年ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞とテディ賞をダブル受賞し、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭では脚本賞を受賞、また第87回アカデミー賞外国語映画賞ブラジル代表にも選出された注目作。ブラジルからの爽やかな新風をぜひ劇場で体験してほしい。
【取材・文】斉田あきこ