20年前にケンカ別れしたアイドルグループ「ピンカートン」。元アイドルとして芸能界にしがみつく神崎優子が、レコード会社社員・松本の誘いで「ピンカートン」の再結成を目指し、メンバーたちを訪ね歩く様を描く映画『ピンカートンに会いにいく』。内田慈のほか、松本若菜、山田真歩、水野小論、岩野未知といった30代の実力派女優たちが、元「ピンカートン」のメンバーを演じている。この作品で芸能界に所属し続けているこじらせ元アイドル・優子を演じた内田慈と、自らのオリジナル脚本を映画化した坂下雄一郎監督に話をうかがった。
監督、この『ピンカートンに会いにいく』はアイドル再結成の物語ですが、どこから着想されたのでしょうか?
■坂下雄一郎監督:最初は全然違う話を映画化するはずだったんです。もともと原作のある作品を映画化しようとしていたんですが、それがダメになってしまって。それでオリジナルでいくことになって、このアイドル再結成の物語をひねり出したという感じですね。
内田さん、この脚本を最初に読んだ時の感想を教えてください。
■内田慈:すごく面白かったです。登場人物ほぼ全員がそれぞれにこじらせているので、まわりにいたらやっかいだなあと思いながら読みました。最初はコメディタッチかと思っていたんですけど、私の演じた優子に限らずいろんなキャラクターに刺さるところがあるんですよね。
私も拝見していて、最初と最後のつながりや、劇中の映画のセリフが優子の心に響くようになっている作りが、よくできた脚本だなあと感じました。
■坂下監督:そのあたりはまさに狙ってやっていた感じですね。うまいことやったろう、みたいな(笑)。
内田さんは優子というキャラクターが、自分の中にハマるものはありましたか?
■内田慈:ありました。どの役をやっていても役と自分が近づいていくというか、自分と似てるところがあると思ってしまうタイプなんですけど、特に優子はこれまでの役では感じなかった“似ている部分”を指摘された感じがしました。例えば、こじらせ方の回路が複雑な感じとか…、あげたらきりがないですね。あげていくと私の好感度が下がってしまうくらい(笑)。
演じていて難しいと感じたシーンなどはありましたか?
■内田慈:まず一つは、初日に撮ったシーンです。田村健太郎さん演じる松本と出会うシーンを初日に撮ったんですけど、その日が監督との初撮影だったんです。その時、セリフを矢継ぎ早にすごいスピードで応酬してほしいという指示があって驚きました。でも実際、セリフを一生懸命しゃべっていると、余計な演技をしなくなるというか、そのキャラクターの気持ちや、言葉の意味だけに集中できるという感覚があって。それが監督の意図だったのかなあと、後で思いました。
もう一つ、劇中劇で優子の心中がそのままセリフになっているようなシーンがあるんですけど、その部分も実はけっこう悩んだんです。最初に読んだ時には、感極まってしまうシーンなんじゃないかと感じていたのが、撮影に入って優子を演じていくうちに、優子はこんなところで気づいて感極まれるようなキャラクターではない、ここで気付けるような“人物”だったらこんなにこじらせてないだろうと思えてきて。それで、本番ではこのシーンは、ただきちんとシンプルにそのセリフを言えばいいんだと思って、そのままに演じました。
今回は、優子の現在を内田さんが演じていて、20年前のアイドル時代を小川あんさんが演じています。内田さんは小川さんとはどのようなコミュニケーションをされたのでしょうか? 小川さんが内田さんに似せていった感じでしょうか?
■内田慈:今回は撮影期間が11日だったんですよね。それでお互いの演技をゆっくり見たりするような時間的な余裕はなかったからお互いの演技をわかりやすく寄せたりしようとはしていないんですが…、あんちゃんのあの優子のキャラクターの作り方は面白いですよね!営業妨害になっちゃうと悪いけど、あんちゃんにも優子的なところがあるのかもしれません(笑)。
ライブのシーンの撮影はどうでしたか? 練習はどのくらいされたのでしょうか?
■坂下監督:ライブのシーンは1日で撮影したんです。午前中にアイドルチームが撮影して、午後に大人チームが撮るみたいな。
■内田慈:ステージ衣装が手作りなので、それぞれ1着しかなかったんです。だから午前中の若い子たちのエネルギーが入った衣装を、大人たちが後から着て、若いパワーを借りて無理やり歌って踊ったっていう感じです(笑)。監督っていつもはポーカーフェイスなんですけど、ライブのシーンでは爆笑してたんですよ。私たちのイタさを見てなのかもしれないですけど。それで私たちの中にも「監督を喜ばせたい!」という気持ちが生まれてしまって。監督をもっと喜ばせようと、大人チームも頑張って歌って踊って、楽しかったです(笑)。
■坂下監督:ライブシーンは芝居もないので、僕がやることがないんですよね。だからなんのプレッシャーもなく、楽しませてもらいました(笑)。
撮影されていて一番大変だったシーン、辛かったシーンなどはありますか?
■坂下監督:撮影に関しては、それほどはないですね。撮影日数が少ないなというのはありましたけど。どっちかっていうと企画開発と脚本製作、編集がいろいろあって大変だったんで、それから比べると撮影はめちゃめちゃ平和でしたね。
そのいろいろあったというのは…?
■坂下監督:まず撮影期間が3ヶ月後に迫っているのに脚本が何もできていない、というような状態で。それで脚本を作るんですけど、何度もボツになったんです。“アイドルの再結成”というテーマだけはそのままに、いろんなバージョンの脚本を書きましたね。優子が普通の主婦をやっているバージョンとか、葵が実は死んでいたバージョンとか、結局再結成ができなかったバージョンとか、書いては直し、書いては直し、という感じでしたね。最初は10代のアイドル時代とかは書かないつもりでしたからね。
■内田慈:そうなんですか?初めて聞いたー!
いろいろ紆余曲折あって、今のシナリオになったんですね。
■坂下監督:それで撮影は平和だったんですけど、編集に入ったらこれもまた地獄で(笑)。これは単純になかなか面白くならなかったからなんですけど。それで、編集も何度もやり直しましたね。7月に撮影をしたので、8月にオフライン作業という形で編集を終えて、9月に別の作品の撮影に入る予定だったんです。でも結局8月に終わらなくて、9月の別作品の撮影後にまだまだこの作品の編集をやってました。
監督が映画を作る上でいつも一番大事にしていることはなんでしょうか?
■坂下監督:白石和彌監督が言っていたんですけど、マーティン・スコセッシ監督が来日した時に「どんな人に映画を見てもらいたいか?」と聞かれて、「その質問は愚問だ。そもそも映画は若い人たちのために作っているものだから」と答えていたそうなんですね。それを聞いて僕も若い人たちのために映画を作るように意識しています。そうしていかないと、文化の火が続いていかないですから。
では内田さん、今後こういった映画に出たい、こういう役柄をやってみたいという希望はありますか?
■内田慈:そうですね、でもどういう役柄をやりたいというのはあまり考えたことがないし、これからもないと思います。どういう役であっても、「こういう役です」と一言で説明ができるものではありませんし。言葉にできない部分を体を使って表現していくのが私たちの仕事だと思うんです。演じているとどの役もとっても愛おしく思えてくるし、どの役をやっても自分と似ているなと思えるところが、私はあるんです。
今34歳なので、日常をその年齢なりのサイズで背負っている主婦のような役もやってみたいし、私の想像も及ばないような役もやってみたい…。自分で可能性を決めるのはやめて、どんな役でも挑戦したいと思っています。
1986年生まれの坂下雄一郎監督は、インタビュー中にもあるようにポーカーフェイス。ちょっと偽悪的に淡々と質問に答える様が印象的だった。こじらせ元アイドルの主人公・優子を演じる内田慈も、「こじらせ方の回路が複雑な感じが優子に似ている」と言いつつも、慎重に質問の意図を汲み、正確に答えようとする様子からは、演技に対する真摯さや、女優という仕事に対する真面目さとプライドがうかがえた。さまざまなインディーズ系の日本映画で独特の存在感を発揮する、彼女の活躍の理由がよくわかるインタビューだった。
【取材・文】松村 知恵美
【ヘアメイク】小島 真利子