2011年3月11日に発生した東日本大震災。映画監督の廣木隆一は、翌日の3月12日に故郷である福島県を訪ねた。そこで見たものを映像として撮影はしたものの、映像作品とするには気持ちの整理がつかなかったという。そこで彼が描いたのが、処女小説「彼女の人生は間違いじゃない」だ。この小説の主人公・みゆきは福島県いわき市の仮設住宅に暮らし、普段は市役所の職員として働きながら、週末になると東京へ向かい、渋谷でデリヘル嬢をしている…。そして2017年、この小説「彼女の人生は間違いじゃない」が映画化された。メガホンを取ったのは、もちろん廣木隆一自身。震災から5年の時を経て、自身の小説を映画化した廣木隆一監督、そして主人公のみゆきを演じた瀧内公美さんにお話をうかがった。
監督は2015年にこの映画の原作小説を上梓されました。この時、まず東北の風景を撮影はしたものの、気持ちの整理がつかず、まず小説という形でまとめられたということですが、映画化するにあたり、どのような気持ちで臨まれたのでしょうか?
■廣木隆一監督:自分が小説を書いているんですけど、原作を書いた時と今とでは全然気持ちが変わってきていますね。加藤正人さんにお願いして脚本を作ってもらい、一つの作品としてフラットな気持ちで映画にできました。小説を書いてから映画を作るまでの間、何度もいわきを訪ねています。それで、どんどん気持ちは変わっていきましたね。最初に行った時は水びたしで何もないような状態でしたが、今は水もなく、みんながそれぞれに新たな生活をしています。あまりの変化に気持ちが追いつかない部分もありましたが、映画に協力してくれた現地の人々と話したりしている間に、フラットな気持ちで捉えられるようになりました。
瀧内さん、福島に暮らし東京でデリヘル嬢をするというこの映画に主演するのは、大きな決断だったのではないかと思います。どのような思いで撮影に臨んだのでしょうか?
■瀧内公美:そうですね、そう言われるほど、デリヘル嬢を演じるという部分は、大きな決断ではなかったんです。皆さんに思われるほど、「脱ぎます!」というような決意があったわけではないので。でも、“みゆき”という女の子になりきるのはとっても難しかったですね。監督についていくのに必死でした。
ご自身も福島の方に取材を行われたと聞きます。この取材を経て、何か気持ちに変化などはありましたか?
■瀧内公美:撮影中に、福島の仮設住宅で家族と離れて一人で暮らしているイクさんというおばあちゃんと仲良くなったんです。最初は東京から来たお客様みたいな感じで気を使ってくださっていたんですけど、私が勝手になついちゃって、休憩中もイクさんの家に行っていたりしたんです。そうしたら、最後のお別れの時に「瀧内さん、嘘をつかないで正直に生きてくださいね」と言われて。それって、すごい言葉だなと…。この言葉は今でも宝物になっています。イクさんのあの手の温かさは忘れられないですね。
監督、金沢みゆき役に瀧内公美さんを選んだ一番の決め手はなんだったのでしょう?
■廣木監督:オーディションで会った時に、「なんか変な人だな」と思ったんですね。一生懸命に自分のこととかを話す姿が印象に残っていて。きちんと自分を見つめている人だなあと思い、こういう人がみゆきを演じることで、その化学変化を起こしてくれるのではないかと思いました。自分で原作を書いたので、自分の中でしっかりしたみゆき像があったんですね。そのみゆき像を一度壊して、新しいみゆきを作り上げてくれればいいなと。
この作品は登場人物はもちろんですが、映し出される福島の風景も強い力を感じました。監督が一番見せたかった風景、写したかった風景はどこにあるのでしょうか。
■廣木監督:やっぱり津波で何もかもなくなった大地の、広い空間ですよね。それともう一つ、黒いトンバックに詰められてぎっちりと並べられた、放射能で汚染された土の様子になります。これは現地に実際に広がっている風景ですから。
みゆきが見せる笑顔がとても心に残りました。一番印象的だったのが、デリヘル嬢としてお風呂に入っているシーンだったんですが、演じる時、どのように気持ちを作られていたのでしょうか。
■瀧内公美:うーん、演じている時は笑っているのか泣いているのかもよくわからない感じでしたね。心が壊れそうだったというか、今思うと高良さんと会話するシーンくらいしか、ちゃんと笑っていないような気がします。福島で撮影している時は、ずっと胃の下が詰まっているような感じがしていて…。
それだけみゆきになりきっていたという感じでしょうか。
■瀧内公美:なりきっているかはわからないんですけど、みゆきが何を感じているのか、考えることを止めなかったという感じですかね…。何が正解かということもわからないなかで、自分の中にないものを絞って絞って絞り出して、そこから出てきたものを表現していたという感じです。そこで間違ったら廣木監督に軌道修正してもらって…。
監督、彼女の演技で、方向が違うようなことはあったんでしょうか?
■廣木監督:まあ、多々ありましたね(笑)。初日からずっと(笑)。
■瀧内公美:ずっと指摘され続けた覚えしかないです。スタッフさんにも「情緒がない」ってずっと言われ続けるし(笑)。
かなり厳しい現場だったんですか?
■廣木監督:彼女にとっては、相当厳しかったんじゃないですかね。自身が体験したことのあるような役ではないですからね。実際の災害が起きた場所で撮っていて、周囲には実際に家を失った人たちがいるわけですし。だから、さっき話にでたイクさんの「嘘をつかないで生きてくださいね」っていうのは、本当にすごい言葉ですよね。お芝居に関しても、感情に正直に演じてほしいというのがあるんじゃないかなあと。見ていて心配になったんだろうね。
■瀧内公美:ずっとイクさんに「大丈夫大丈夫」って言ってもらってて、助けてもらってましたね。
監督、撮影を経て、瀧内さんの成長や変化は何か感じられましたか?
■廣木監督:ビシビシ感じました。身も心も変化したなあと。僕がいじめたせいで痩せちゃってね…。
プレスにも瀧内さんがみるみる痩せていったと書かれていましたね。
■瀧内公美:ちょっと数字を出すと引かれちゃうくらい痩せましたね(笑)。
東京のパートでは高良健吾さんが重要な役柄となります。監督は高良さんにどうしてもこの映画に出て欲しかったそうですが、高良さんはどのような俳優さんでしょうか?
■廣木監督:健吾はなんのお芝居を見ても、シンプルにスクっと立っている、すごい強い役者さんですよね。今回久しぶりに会って、本当に存在感のある役者だなあと思いました。でも、役に対する向き合い方は今までと変わらずに、まっすぐ向かっているのはすごいことだなあと。
瀧内さん、東京のシーンでは高良さんと一緒の撮影が多かったと思いますが、どのような話をされたのでしょうか? アドバイスなどはありましたか?
■瀧内公美:あまり芝居のことなんかをお話しする機会はなかったのですが、でも、監督と高良さんって、波が一緒なんですよ。テンポというか、空気感というか。不安しかなかった福島での撮影を終えて東京で高良さんと撮影を始めて、ここで初めて「あ、合った」と感じたんです。「これでいいんだ」と感じたというか。高良さんがいるとスタートがかかってからも素でいられるというか…、なんか本当に不思議な人なんですよね。見た目は細いのに、背中も大きいし、心も広いし、色々なものを広く見ているし、すごく考えている人でした。
福島の撮影ではずっと安心ができなかったんですか?
■瀧内公美:福島で撮影の時はすっごくイライラしていました。父親役が光石研さんなんですけど、役柄的にあんまり働かない人なんですね。それで食事の用意とかも私が演じるみゆきが全部やっているんですけど、動かずに寝てばかりいる芝居の光石さんに対して「ちょっと動いてよ」なんて思ったりして。
本当にみゆきだけに家事をさせて、ダラダラしている父親役でしたよね。
■瀧内公美:みゆきが犬を連れてくるシーンがあるんですけど、その犬に対して「愛着が湧いちゃうから触れないよー」なんて言っていたのに、こっそりその犬を可愛がっている光石さんを見て「お父さんも優しいところがあるんだ」なんて初めて思ったりして(笑)。
■廣木監督:光石さんがダラダラしてるのは、そういう役だったからだからね(笑)。
では、監督にお聞きします。監督が映画を作る上でいつも一番大事にしていることはなんでしょうか?
■廣木監督:現場ではいつもフラットでいたい、冷静でいたいと思っています。なかなか冷静ではいられないので、意識するようにしていますね。ストーリーやお芝居を観るにしても、キャメラを見るにしても、入り込み過ぎず、入り込んでしまったら一旦引くように常に考えていますね。
では、瀧内さん、今後どのような女優になりたいと思っていますか?
■瀧内公美:今は自分でもちょっとわからないですね。わからないというか、いろんな人やいろんな脚本などに出会って、いろいろ教わって吸収していきたいです。女優としてというより、人としてどうやって生きていくかを考えていきたいかな…。
■廣木監督:今からそんなこと考えてるんじゃ、遅いんじゃないの?
■瀧内公美:いえいえ。この作品をきっかけに、廣木監督と出会えたおかげで、そんな風に考えられるようになりました(笑)。
■廣木監督:そんなこと無理に言わなくていいんだよ(笑)。
福島で仮設住宅に暮らしながら週末に東京でデリヘル嬢として働くみゆきという女性の葛藤を描いた映画『彼女の人生は間違いじゃない』。インタビュー中は和やかな雰囲気だったものの、瀧内公美さんは撮影中にかなり廣木監督に鍛えられたようだ。「福島ではずっとイライラしていた」という彼女の言葉はにはかなりの真実味が感じられた。廣木監督はそんな彼女の言葉を聞きながらも、たまに笑顔でツッコミを入れていたりして、愛のムチは今も健在な模様。その雰囲気からは、撮影時に真剣にぶつかりあった二人だからこその、強い絆が感じられた。撮影中に何キロも痩せたという瀧内公美、この作品をきっかけに、まさに一皮むけて女優として大きく羽ばたいていくのだろうと感じられたインタビューだった。
【取材・文】松村 知恵美