最愛の妻を亡くし、仕事も失った59歳の男。その名はオーヴェ。スウェーデンの国産車サーブを偏愛する頑固で不機嫌な男が、妊婦パルヴァネ一家の引っ越し騒ぎに巻き込まれ、意味のある人生を取り戻す物語。演じるのは、『太陽の誘い』『アフター・ウェディング』の名優ロルフ・ラスゴート。原作はフレドリック・バックマンの200万部超えの同名ベストセラー小説。映画化にあたり監督・脚本を担い、スウェーデン映画史上3位の記録的大ヒットという成功をおさめたハンネス・ホルム監督が来日し、お話を伺った。
主演のロルフ・ラスゴートさんがこんなに面白いなんて驚きました。これまでの作品でシリアスな俳優さんというイメージでしたから。コメディもなさる方なんですか?
■ハンネス・ホルム監督:ああ、よい質問だね。まず、私にこの作品を監督するオファーがきたのは、もともとコメディをたくさん手がけていたからだと思うんだ。ただ、製作会社のプロデューサーは原作小説を読んでいなかったのかもしれない。単なるコメディだと思っていたんじゃないかな。今までは自分で脚本を手がけたオリジナル作品しか監督してこなかったし、ベストセラー小説ということもあり、最初は断ったんだ。でも、プロデューサーが置いていった原作本をパラパラと読み始め、結局一晩で読み切ってしまったんだけど、これならやってみてもいいと思った。原作のあるものを監督するのはこれが初めて。さあ、そうなると問題は誰が主人公オーヴェを演じるかだけど、コメディの印象が強い俳優ではなく、ドラマを演じてきた俳優を選びたいと考えたとき、ロルフのことしか頭に浮かばなかったんだ。彼に連絡すると、自分はコメディはやったことがないし、第一、面白い人間じゃないと言って躊躇していたんだよ。そこを、いやいや、あくまでリアルなキャラクターとして演じてほしいんだとお願いした。現場でも、コメディタッチのシーンに不安を感じていたようだけど、私には経験があったからね。結果的に、お互いによいバランスで仕事ができたと思う。
ほんとうにロルフさんは素晴らしかったですね。彼が真剣であればあるほど面白かったです。
■ハンネス・ホルム監督:うん、うん、そうなんだ。帰ったらロルフに伝えておくよ。
昨夜試写会だったんですよね。きっと日本の観客にも伝わったと思います。
■ハンネス・ホルム監督:ありがとう。日本とスウェーデンはもしかしたら文化的に似ている部分があるのかもしれないね。昨日、日本に着いて娘と一緒に街を歩いたんだけど、とても懐かしい感じがして楽しかった。黒澤明監督の作品を若い頃によく観たんだよ。黒澤作品には悲劇とユーモアが重要な要素としてミックスされて映画の中に反映されている。そこにとても影響を受けた。たぶんイングマール・ベルイマンより素晴らしいと思う。黒澤からユーモアを差し引いたのがベルイマンかな(笑)。
オーヴェのような頑固一徹、正しいと信じたことに一本気な人って、日本にも、誰の周りにもひとりはいると思いますが、スウェーデンでもそうですよね?だからこそ共感を得られる。
■ハンネス・ホルム監督:オーヴェは哀しいキャラクターだと思うんだ。原作を読んだとき、いわゆる不機嫌なおじいさんの話ではなくて、どうやって普通の若者が不機嫌な老人になってしまったのかというところが描かれていたから共感できた。そういう意味では普遍的で世界中の誰にでも通じるストーリーだと思う。その中に、現代のスウェーデンにある移民やゲイなどの新しい要素を入れて伝えてゆく。そこがチャレンジとして惹かれたところだね。ただ、気になったのはベストセラーだということ。基本的にベストセラーにはファンが多く、映画化するとだいたい失敗するんだよ。自分の世界が映画によってめちゃくちゃにされてしまったファンが怒ってね。ただ、もしあなたが良い本を読んで、それを友だちに伝えたいとき、自分の言葉で、自分が面白かったと思ったところを選んで伝えるでしょ。そういう風になら自分にも映画にできるのではないかと考えたんだ。あくまで自分の解釈、自分が面白いと思ったところを伝えてゆくという意味で、やってもいいかなと思ったんだよ。
成功しましたね。
■ハンネス・ホルム監督:ありがとう(笑)。
オーヴェは幼くして母親を亡くし、一本気な父親に育てられ、その父の影響を大きく受けて成長したことが回想シーンを駆使して簡潔に描いてあって腑に落ちました。
■ハンネス・ホルム監督:スカンジナビアの映画は予算が限られているから、お金をどこに使うかというのは、難しい選択なんだ。回想シーンは自分の中ではとても重要だったから、工夫もしているし、お金も使った。ただ、お金がなければ、よりアイディアを練ることになるので、かえって良い結果になったりもする。それが、バス事故のシーン。あれはうまく行った。あとはロケーションだね。実際にサーブの工場があった町で撮影をしたんだ。そこにミュージアムがあって、車両も借りることができて、すごくラッキーだった。それと、猫が出てくるでしょ。当初、製作会社は絶対に猫はいらないという考えだったけど、私にはどうしても必要だ、重要な役なのだと説得して、お金も使ってもらった。実は2匹の猫が交互に出演しているんだよ。それも結果的には成功だったね。
オーヴェが暮らすテラスハウス団地を撮影したのが、サーブの町?
■ハンネス・ホルム監督:実際にサーブ社の工場があった場所だよ。今はすでにサーブの車は作られていないけどね。映画の中のサーブとボルボの対立シーンにスウェーデンの人々は大爆笑だった。今では、みんな日本車に乗っているけどね(笑)
ああいう住宅地は郊外には多いんですか?
■ハンネス・ホルム監督:そうだね。60年代や70年代はああいう住宅地がたくさんあった。当時は食事に招いたり招かれたりの隣人の付き合いがあったけれど、今はない。映画に登場するパルヴァネはイラン出身で、スウェーデンで失われてしまった近所付き合いの文化を持ち込み、オーヴェを周囲の人々と繋いでゆくんだ。今はスウェーデンにも移民が増え、彼らは経済力もつけ、ああいった住宅地に暮らしている人々も多くなっている。そういう形で近所付き合いが復活することもあるだろうね。移民問題は重要だけれど、映画の中では、そうした問題として描くのではなく、現実を反映させるという意味で描いているんだ。彼らがキャラクターの一部としてラブストーリーが生まれたり、普通の生活の中にマジックを盛り込む。そういうストーリーが大好きなんだ。
パルヴァネはとても重要なキャラクターですね。彼女が登場したことによって、オーヴェはリアルな人生に引き戻されてゆきます。そこがとても面白い。しかも彼女が移民の女性だということも。
■ハンネス・ホルム監督:原作どおりの設定なんだけれど、アメリカで上映したとき、移民の国ゆえに観客は敏感に反応して、彼女の態度はいわゆるスウェーデン人とは違うんだということを感じ取ってくれた。パルヴァネのキャラクターでもう一つ重要なことがある。破滅的になった愛の物語を生きるオーヴェにとって、パルヴァネが登場することによって他の人生、他のキャラクターに愛を向け、自分とも向き合ってゆく。そういう意味では原作にも忠実に作っているんだ。ただ、映画と原作で違っているのは、ラスト。エンディングは映画のオリジナルで、とても気に入っている。まだ原作者からクレームはきていないから大丈夫だったと思うよ(笑)
大柄なオーヴェと対照的に、最愛の妻ソーニャも隣人パルヴァネも華奢で小柄ですが、2人ともオーヴェの不器用な生き方を受け入れて、さらに前に進もうとする力があります。この2人の女性がとても重要なんですね。
■ハンネス・ホルム監督:私は女性が大好きだから(笑)。実は準備段階で製作会社と揉めていて、偶然にもプロデューサーもライン・プロデューサーも女性だったんだけど、会社側は2人をクビにしようとしていたんだ。彼女たちはとてもよく働いてくれていたのに。だから、彼女たちと猫の出演を認めてくれなければ、監督を降りると言ったんだよ。結果的にはOKが出た。いわゆるジェンダーの問題だね。女性のパワーをきちんと評価するのは私の中では大事なことなんだ。そして、パルヴァネのキャスティングには難航した。ようやくバハー・パールが現れたとき、ロルフと親密にハグをしていたので、知り合いなのかと思ったら、初対面だった。バハーはとてもパワフルなんだ。女性の移民というと、被害者というイメージがつきまとうね。実際に過酷な体験をしている女性たちが残念ながら多いし。でも、パルヴァネは決して被害者ではなく人生を謳歌している女性なんだよ。
パルヴァネ役のバハー・パールさんは本当に素敵でした。ああいうお母さんなら子どもたちも、旦那さんも幸せです。
■ハンネス・ホルム監督:その通りだね。
ほんとうにこの映画では女性が男性を引っ張って行きます。過去のシーンで、ソーニャが教師の職を得ようと苦戦しますが、落ち込んでゆくのはオーヴェのほうです。ソーニャは「今を必死に生きればいい」とオーヴェを励まします。素晴らしいセリフですね。
■ハンネス・ホルム監督:ソーニャは複雑なキャラクターなんだ。登場シーンもセリフも少ない中で、どれだけキャラクターとして活かせるかとなったとき、演じるイーダ・エングヴォルが健闘してくれたので、うまく行ったと思う。しかも、ソーニャの登場シーンはすべてオーヴェの記憶だから、彼の視点で描かれているんだ。そういう意味でとても難しかったはずだけど、イーダはとてもうまくやってくれた。オーヴェ以外のキャラクターの魅力に気づいてもらえて嬉しいよ。次は不機嫌な女性の話を映画にしないかという話もあったけど(笑)、それは私の中ではリアルではないんだ。現実にオーヴェのような人物は男性が多いだろうしね。もし、描くのであれば、強くてパワフルな女性を描きたいと思う。
イーダ・エングヴォルさんも素敵でした。オーヴェが恋に落ちたのも納得です。出会いのシーンからオーヴェを受け入れ、面白がっているのが良かったです。彼女に出会っていなければ誰とも結婚しなかったかもしれませんね。
■ハンネス・ホルム監督:ハハハ。幼かった頃、自分の両親のアルバムを見て、彼らが愛し合っていた頃の写真を見るのって衝撃的だよね。自分たちが生まれて彼らの人生をダメにしちゃったのかなと思うぐらい。原作を読んだときに、自分の両親が男と女としてどう関係を保っていたのかなということに思いを馳せることになって興味深かったんだ。
貴重な人と人との出会いが描かれていて、ほんとうに面白い映画です。一度、オーヴェが病院で「心臓肥大」と診断されますが、ここは、オーヴェはほんとうは心が広いんだよ、ビッグ・ハートの持ち主なんだと言っているのだ思いました。
■ハンネス・ホルム監督:そう、メタファーのひとつだ。映画の中でのシンボルという意味ではやり過ぎないようには気をつけたつもりだけどね。解釈としては、パルヴァネが2番目のソーニャだという見方もあれば、ソーニャが実は猫だという考え方もあるだろうね。でも、この映画のメッセージは、映画を観て家に帰って、自分の周りの大切な人をハグしてほしい。時間がなくなる前に。そういう思いなんだ。普段の生活でマジックはあまり信じないんだけど、実際に起きると、信じざるを得ないね。実は、監督を引き受けると伝えにプロデューサーに会いにストックホルムに行って、散歩しながらオーヴェはロルフ・ラスゴートにやってほしいと話をしていた時、ちょうど目の前をサングラスをかけたロルフが通り過ぎたんだ。その時は声をかけなかったけど、準備中で一番のマジカルな瞬間だったことは間違いないね。
映画の成功の前兆だったのかもしれませんね。
■ハンネス・ホルム監督:そうだね。
きらきら輝く瞳で熱く映画を語ってくれたハンネス・ホルム監督。ベストセラー小説の映画化に挑んだコメディの名手は、オープニングのごく短いシークエンスで主人公オーヴェの人となりを見事に描き上げ、観客の心をしっかり掴む。無駄のない構成と笑いのツボを押さえた演出はお見事。監督によれば原作を読む前に映画を観るのもオススメだそう。後から読んで、小説をどう料理して映画に作り上げたかについて考えてみるのも楽しそうだ。
【取材・文:斉田あきこ】