日時:2016年10月3日(月)
場所:代官山 北村写真機店
登壇者:黒沢清監督(映画監督)、新井卓(写真家/ダゲレオタイピスト)
黒沢清監督が初めてオール外国人キャスト、全編フランス語で撮りあげた『ダゲレオタイプの女』。10月15日の公開を記念して、黒沢清監督と新井卓(写真家/ダゲレオタイピスト)のトークイベントが行われた。
新井卓は今年、ダゲレオタイプで撮影した写真集「MONUMENTS」で写真界の芥川賞とも称されている、木村伊兵衛写真賞を受賞。そして先日、本作の主演タハール・ラヒムが来日した際には、黒沢監督とともに2人をダゲレオタイプ・カメラで撮影した。
共に世界最古の撮影方法“ダゲレオタイプ”を軸に作品を作りあげた二人が、その魅力や、先日の写真撮影の裏話などを存分に語った。
始めに
■新井:昔から映画好きで黒沢監督のファンでした。憧れの人が目の前に居て光栄です。
■黒沢監督:僕の映画を昔から見ていたんですか?!(少し照れながらも驚く)
■新井:この“ダゲレオタイプ”という言葉が黒沢監督の映画のタイトルにつく日が来るなんて思っていなかったので、驚きました。映画は、まずとにかく『怖っ!』と思いましたね(笑)。ヒロインの目の動きがなんだか怖いんです。登場人物たちの動きに気を取られていたら、いつのまにか魔法にかかっていましたね。身体の動きや、人物の話しかたが独特。まるで伝統芸能、“能“のように糸で操られているようでした。
ダゲレオタイプとの出会い、作品の着想
■黒沢監督:古い写真への興味は昔からありました。肖像画的な“自然じゃない感じ“が興味深かったです。20年ほど前に、恵比寿の写真展に行った際に見た、ダゲレオタイプで撮られた少女の苦痛とも快楽ともいえない表情を見て、非常に心惹かれました。これを映画にできないかと思ったんです。
■新井:昔は映画が好きだったんです。そして古い映画に惹かれていって、リュミエール兄弟の作品を初めて見たときに異様な、怖さというものがありました。おそらく初めて人が新しいテクノロジーに出会うと、このような畏怖の念を感じるのだな。と思いました。実はカラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』の黒の美しさに心奪われ、そこからカメラ自体に興味を持ち始めて、写真の始まりを調べたらダゲレオタイプにたどり着きました。
二人にとって写真と映画の似通うところ、違うところ
■黒沢監督:写真については詳しくありませんが、映画も写真もカメラを置いた位置から始まり、そこで決まる。その後ろは関係ないのが面白いですね。
■新井:“ダゲレオタイプ“は現代のカメラから見たら到底カメラと言える代物ではない。複製できないし、撮影時間も長い。気軽さが全然違う、失敗も多いんです。労力が多いですね。現像に水銀を使うんですが、中毒性があるんですよね。昔の帽子屋さんは、製造過程で水銀を使っていたらしく、「mad as a hatter」という慣用句が生まれるほど、本当に気が狂っていたとも言われています。もちろんダゲレオタイプも、水銀で現像するので、危険も伴います。
■黒沢監督:新井さんは大丈夫ですか?(笑)
■新井:劇中、等身大の水銀現像機が現れたときには驚きで奇声を発してしまいました。周りの人にびっくりされたんですけれど(笑)
■黒沢監督:ちゃんと実際に使っているように見えましたか?(笑)しかし、水銀中毒という設定はいいですね……
ダゲレオタイプに封じ込めるのは自分自身
■黒沢監督:映画も何時間もかけて1カットを撮って、「なにかすごいものが映ったに違いない」という“一種の幻想”の中で、僕たちはいまだに仕事をしています。スマホで簡単に写真や動画を撮っている人々からしたら、映画というのはダゲレオタイプの世界なんですよね。映画はいつ消えてもおかしくないメディアなんですが、まだギリギリ存在していて。それは見に来てくれるお客さんも「特別な何かが映っている」と、信じてくれているのです。映画なんていつ過去の遺物になってもおかしくない、『ダゲレオタイプの女』の写真家のように悲劇に飲まれるかもしれない…と自嘲気味に撮りました。
■新井:映画ほどの長さではないですが、被写体を20分拘束して撮影をしたことがあります。その人の人生を奪っているようで、“罪悪感”を持ちましたね。それで撮られると表情筋は短時間しか持たないのでその人の持つ顔の構成そのものがあらわになる。少し死人に近い感じがしました。でも、鮮明さは写真一の美しさを誇ると思います。
先日、ダゲレオタイプで主演のタハール・ラヒムとともに新井さんに撮影された黒沢監督。
写真を撮られると魂を奪われる、という迷信がありますがそういう感覚になりますか?
■黒沢監督:ものすっごくなります!(場内爆笑)写真というより、露光時間短縮のためのものすごく強いストロボの光のせいかもしれませんが。でも、自分のなにかが銀板に移ってしまった、だから自分から何かが減ってしまった、という感覚が確かにありました。バルザックがそのようなことを言っていたんですよね。存在の皮を一枚一枚剥がされていくようだ、と。
ダゲレオタイプに出会い、本作『ダゲレオタイプの女』を撮影することとなった黒沢監督と、日本で唯一のダゲレオタイピストという道を選んだ新井卓。
ダゲレオタイプに魅せられた二人のトークは、映画の話とダゲレオタイプが交互に行き交う、非常に興味深い内容となった。