お笑い芸人・エミアビの片割れ・海野(前野朋哉)が、交通事故で亡くなったところから物語が始まる映画『エミアビのはじまりとはじまり』。残された相方・実道(森岡龍)と、海野の車に同乗していた妹・雛子(山地まり)を亡くした先輩芸人・黒沢(新井浩文)が、再び立ち上がろうとする姿を描いたファンタジックな物語です。
この映画の監督・脚本を手がけたのは、『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した渡辺謙作監督。9月3日の公開を前に、渡辺謙作監督にお話を伺いました。
『エミアビのはじまりとはじまり』は完全オリジナル脚本ということですが、なぜこのテーマを選ばれたのでしょうか?
■渡辺謙作監督:6~7年前くらいから、僕の周りで亡くなる人が何人かいたんですね。そこで、葬儀などに参加するわけですが、告別式の最中はみんな泣いているけれど、控え室などでは故人の昔話をして笑ったりしている、という様子を見て、「人が死んで、(遺された人たちが)泣いて、笑う」ということを不思議に思ったんです。“泣く”というのは非日常ですが、“笑う”というのは日常です。人が死んでも、泣いた後で笑うことで、いつもの日常を取り戻すという作用があるんじゃないかと思いまして。それで、“死と笑い”というものをテーマに映画を撮りたいと思うようになり、だったらいっそのこと芸人を主役にしてしまえ、ということで物語ができてきました。
エミアビの二人を演じる森岡龍さんと前野朋哉さん、先輩芸人・黒沢役の新井浩文さん、エミアビのマネージャーの黒木華さんという主要キャスト4人のキャスティングはどのように決められたのですか?
■渡辺監督:森岡くんは随分前から面識があったんです。それで、彼が高校生の時漫才をやっていて、M-1にも出ていたと聞いていたので、これはちょうどいいなと思い、まず彼を選びました。次に、森岡くんと同じ事務所で、森岡くんとも相性もよく、漫才コンビとして並べても面白い前野朋哉くんにお願いしました。そして、新井浩文くんは、以前、彼の主演映画を撮ろうという話があったんですが、それが流れてしまったんですね。だから、役柄もぴったりだし、またぜひ一緒にやりたいということで、お願いすることになりました。そうやって、男3人がまず決まったんです。
黒木華さんにはぜひ出て欲しいと思っていて、彼女の事務所の社長に僕が直接電話をしてお願いしました。本人も脚本を読んで気に入ってくれたらしく、出演を快諾してくれました。
マネージャー役の黒木華さんの存在感がとても独特でしたが、彼女の関西弁の演技やメイクなどは、監督が演出されたのでしょうか?
■渡辺監督:そうですね、彼女は芸人のマネージャーなんですけど、大阪の本社から東京に転勤でやってきた、というようなバックグラウンドを彼女に伝え、その他は彼女にお任せしていました。今回、ゴシック系のファッションやメイクですが、実は彼女の素に近いんじゃないかと思いますよ。アクセサリーなどは彼女の自前のものを使っていたりもしています。他の作品のような“昭和なイメージ”とは違う、作られていない黒木華が出ていると思います。
彼女の役は、遺された実道と黒沢のために、天からつかわされた存在のような、不思議な役でしたね。
■渡辺監督:そうですね、すべてを知っていて、フィクサー的にみんなを手の平で遊ばせているような雰囲気を意識しました。日常を超えた、天使のような悪魔のような、どちらとも言えるような存在、という感じですね。
黒沢役の新井浩文さんとは2004年の『ラブドガン』の頃からのお付き合いですか?
■渡辺監督:実は、彼が俳優になる前の、19歳の頃から知っているんです。もう20年近い付き合いですね。『ラブドガン』の時は、彼を徹底的に追い詰めて役を作り上げていきました。あの頃と比べると、お互いに丸くなりましたね(笑)。
今回の撮影では、森岡龍さんと前野朋哉さんが若手で、新井さんはベテラン的な立ち位置になりますね。
■渡辺監督:今回の作品は“森岡くんを壊す”というテーマがありまして。森岡くんは自分で映画監督もやっていて、面白い作品を撮るんですけど、それが俳優として逆に邪魔になっている部分もあるのかなあと思っていて。本気で俳優として演技に向き合ってもらいたいと思っていたので、新井くんに「思い切りやっていいから」とお願いして芝居の中で本気で怒ってもらい、森岡くんを追い詰めてもらいました(笑)
実はこの作品で撮影したファーストシーンが、新井くんが森岡くんに怒って、追い詰めるシーンだったんです。森岡くんにとっては初日から試練の撮影になったかもしれませんね(笑)。
演出される上で、どういうことを心がけていらっしゃったのでしょう?
■渡辺監督:今回は、漫才を最初から最後まで1カットで撮ろうと決めていたんです。それで、そのシーンだけ長回しをして悪目立ちしてもいやだったので、長回しのカットをいくつか撮ろうと意図していました。墓地のシーンや居酒屋のシーンでも、俳優の集中力や体全体での表現を見せたかったので、カットを細かく割ったり表情にアップで寄せたりせず、全体を引いて長回しで撮影しています。
『舟を編む』には脚本家として参加されていますが、脚本家として他の監督の作品に関わったことで、ご自身の監督業に影響がありましたか?
■渡辺監督:石井裕也監督は人の書いた脚本を演出するのは『舟を編む』が初めてだったんです。執筆の段階で何度も細かいところまで修正が入り、「現場で勝手に直してくれ」といっても許してくれないんです。その時、石井監督は「現場に入ったら僕の武器は台本しかないんです。だから完璧な武器が欲しいんです」と名言をはいていました。結局二十何稿まで書かされましたね。僕はもともと、撮影中シナリオに手を加えちゃう方なんですけど、今回の撮影中は石井監督のその言葉を思い出して、できるだけ手を加えずに撮影しました。
映画の撮影では、現場でシナリオに手を加えるというのはよくあることなんですか?
■渡辺監督:まあ、現場や監督によりそれぞれだとは思うんですが、僕が助監督で付いていた鈴木清順監督なんかは、手を加えないシーンはない、というくらい手を加えていましたね。僕は脚本は設計図でもなく、指針くらいの存在だと思っているので、ガンガン直しちゃう方です。まあ、脚本家は出来上がった作品を見て、悲しそうな顔をしていますが…(笑)。
完全オリジナル作品としての前作『ラブドガン』と比べると、まったくテイストの違う作品ですが、監督がもともと志向されている作品というのは、どういう作品なのでしょうか?
■渡辺監督:そうですね、扱っているテーマが違うので、作品ごとにテイストは違ってくるものだと思っています。どういう作品を志向しているというよりは、毎回、テーマに合わせた新しい撮り方をしたいと思っています。監督が意識していなくとも、どうやっても自分のカラーは出てしまうものだと思っています。僕なんかはカメラも覗かないし、絵コンテも書かないし、それぞれ専門のスタッフにお任せしている方なんですが、どうしても僕の色は出てしまいますから。最近は無理して自分らしさを意識することなく、自然体で撮影しようと思っています。
次回作は、どういった作品を作りたいとお思いですか?
■渡辺監督:今はプロデューサーといろいろと話をしているところです。まだはっきり形にはなってないんですが、“わからないこと”がやりたいですね。今回は“死”という“わからないこと”を描いたので、次の“わからないこと”を模索しているところです。
漫才師を主人公としたこの映画『エミアビのはじまりとはじまり』。エミアビが劇中で演じる漫才のネタは、すべて監督が書いているそう。ハリセンやドッキリ、金ダライ、オナラなどのある意味ベタなモチーフを、意表をついた使い方で登場させ、驚きと意外性で笑い泣きさせてくれます。森岡龍さんと前野朋哉さんは「エミアビ」として漫才コンテスト「M-1 グランプリ 2016」に出場し、1回戦を突破。M-1用のネタも渡辺監督が書かれているということで、2回戦、3回戦と突破していけるのか、気になるところですね。ちなみに、監督がご自身で気に入っている劇中のネタは「フランス料理屋」のネタだそうです。それがどんなネタなのかは、ぜひスクリーンで確かめてみてください。
【取材・文/松村知恵美】