沖縄の豊かな自然の中で貝を採取しながらひとり静かに暮らしていた盲目の貝類学者が、貝毒を用いて奇病を治したことから波乱を呼んでいく――。マルチに活躍するリリー・フランキーを主演に迎え、ピュリッツァー賞作家の同名短編集の一編を日本が舞台に翻案し、持ち前の幻想的な映像美で映画化した坪田義史監督に話を伺った。
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前作『美代子阿佐ヶ谷気分』から4年経ちますが、その間どのような活動を?
■坪田監督:前作のあと海外の映画祭にいろいろ参加してみて、日本の文化を海外の人に観てもらうのが面白く感じられるようになりました。アンソニー・ドーアの原作を映画化出来ないかと着想したのは、ちょうどニューヨークに行っている時です。アメリカの文芸作品を日本に置き換えたら面白いかな、と思ったんですね。谷崎(潤一郎)作品を外国人が撮ったら……というようにね。ニューヨークでのつながりで、インディペンデントのプロデューサーが興味を持ってくれました。
監督が考えた翻案には沖縄の風景がマッチすると――。
■坪田監督:美しい風景を求めたら、日本ならば沖縄しかないと。幸運なことに、以前アイドルのグラビア撮影の仕事で沖縄にはよく行っていましたから、ある程度知っていたんです(笑)。
ただキレイな風景を映像に収めるだけでなく、夜のシーンも、水中のシーンもあるので大変だったのでは? ベテラン、芦澤明子キャメラマンの力量が発揮されていますね。
■坪田監督:この作品では、ある程度キャリアのあるキャメラマンと組んでみたいと思っていました。芦澤さんが、これまでいろんな映画で切り取ってきたフレームに以前から注目していましたから、「彼女しかない」と。ええ、狙い通りの画が撮れました。大変だったのは水中のシーン。CGに頼りたくなかったので、リリー(・フランキー)さんには、実際に潜ってもらいました。1月の沖縄はさすがに寒いんです。そんな中で、足にオモリを付けたリリーさんを2,3メートルの深さまで下ろして、ボンベを外しての撮影。海の中で目を開けるだけで大変だったと思いますが、リリーさんの気迫に押されて。船上にいてマイクで指示を出すだけの私が、緊張して吐きそうになりました(笑)。
リリーさんの単独主演映画は15年ぶりだとか。ちょっと変わったこの映画に、興味津々でしたか?
■坪田監督:ある時、深夜2時くらいにリリーさんのいるバーに行ったんですよ。そこでお話したのが初めて。聞いた話はここでは言えないことばかり(笑)。出演のオファーはしていたんですが、彼は出演作を自分で決める人だと聞いてて、半信半疑でしたが……。
リリーさん演じる貝類学者は盲目です――。
■坪田監督:盲目のキャラが出ている映画をピックアップして、助監督に編集版を作ってもらいリリーさんに渡しました。そうしたらリリーさん、「真似るのは嫌です。オリジナルでいきます」と。ちょうど衣装合わせの時だったでしょうか、盲目の人に来ていただいて、リリーさんと話をする機会を設けました。取材しながら役作されたわけですが、リリーさんは吸収力の塊のような人ですね。サッと自分の中に取り入れて咀嚼し、オリジナルなものを作り出してアウトプットする……。天才ですね。
寺島しのぶさんが演じる女性も印象的です。
■坪田監督:寺島さんって、浮世絵のような女優さんですね。存在感バツグンで。それでいて映画の中ではメンドクサイ女性の役。一緒に食事を摂る時も役の雰囲気を維持していて、こちらは大変だったんですが、その一方で、寺島さんが出す“スパイラル”に巻き込まれてみたいなぁと。それだけ求心力のある人。毒を持った女郎蜘蛛みたい(笑)。
毒といえば劇中の“イモガイ”ですが、貝のことは詳しかったのですか?
■坪田監督:緻密な螺旋の構造に、「なんでこういう形をしているんだろ」と思います。そして貝はヴァギナのメタファーでもあります。グラビアの仕事をやって女性と毎日のように接していて、「女性とは何なんだ」と考えながら追い求めているのかも知れませんね。リリーさんが住む家は貝の螺旋をイメージしました。盲目の人が身を守るシェルター。貝にとっても身を守るために背負ってる貝殻の意味を込めました。美術さんの苦労の結晶です。
戦争の影がチラつくのも興味深いです――。
■坪田監督:リリーさん演じる貝類学者が住み着いた浜辺は渡嘉敷島で撮影しました。戦争中、集団自決があった島ですね。その傷跡が今も残っているんですよ。そして空には戦闘機。舞台設定は沖縄と明確に打ち出していないけれど、時代がそこで止まって、文明が取り残されている世界観を出したかったんです。ですからCGは、もっぱら映っているものを消すことに使いました。最後のシェルターが海へと動き出すところは、本当はヘルツォークの『フィツカラルド』のように実際に曳こうかと思ったけど、さすがにそれはムリでした(笑)。あれはCGです。
《坪田義史監督プロフィール》
1975年、神奈川県生まれ。多摩美術大学在学中に制作した『でかいメガネ』(00)が、「イメージフォーラム・フェスティバル2000」でグランプリを受賞。その後、70年代に「月刊漫画ガロ」などで活躍した安部慎一作品を映画化した『美代子阿佐ヶ谷気分』(09)で劇場デビューを果たす。この作品は「第39回ロッテルダム国際映画祭」を皮切りに世界各国の映画祭を席巻、国内外から最前衛な新鋭として注目されている。
【取材・文/川井英司】