長谷川和彦はなぜ新作を撮らなかったのか? 晩年の姿を追った「GOJI 映画監督 長谷川和彦」

長谷川和彦はなぜ新作を撮らなかったのか? 晩年の姿を追った「GOJI 映画監督 長谷川和彦」1
長谷川和彦はなぜ新作を撮らなかったのか? 晩年の姿を追った「GOJI 映画監督 長谷川和彦」2

提供:キネマ旬報

デビュー作「青春の殺人者」(1976)で“親殺し”、第2作「太陽を盗んだ男」(1979)で“原爆”という題材に挑んだ革命的映画監督・長谷川和彦(通称ゴジ)は、以降なぜ映画を撮れなかったのか? その理由を求め、同氏を死の直前まで13年にわたり記録したドキュメンタリー「GOJI 映画監督 長谷川和彦」が、1周忌(1月31日)に合わせて2027年1月30日(土)よりユーロスペースほか全国で順次公開される。ティザービジュアルが到着した。

映画祭などのイベント出演からプライベートまで、長谷川和彦の姿を森山智亘監督のカメラが捉えていく。長谷川が第3作として長く思い描いていたテーマは、“連合赤軍”だった──。

作品は全国公開に先立ち、広島国際映画祭2026で11月15日(日)にクロージング上映される。

森山智亘監督のコメント
「
2013年の春、長谷川和彦監督と出会った。「ゴジが企画募集中」という記事を見て「新作のメイキングを担当させて欲しい」と恐る恐る連絡をした私に、初対面で既に泥酔していた憧れの監督は、路上で「お前を企画隊長に命ずる!」と叫んだ。アイデアを捲し立てるその姿に、急いでカメラを回したあの夜から……気づけば13年が過ぎていた。長谷川監督のことを、周囲は皆「ゴジさん」と呼ぶ。でも私は、一度もその愛称を使ったことはなく、いつも「長谷川監督」だった。自分が記録したいのは皆から愛される「ゴジさん」の姿ではなく、「伝説の映画監督の新作誕生の瞬間」であった。その想いは、長谷川監督の死まで変わらなかった。13年間、記録し続けたのは、「映画監督 長谷川和彦」という作品である。その監督は長谷川和彦自身であり、私は助監督に過ぎない。そういう意味では、最初に望んでいた長谷川監督作品のメイキング担当を13年間貫いたし、それは今も終わっていない。もし、「連合赤軍」が動き出したら、私はメイキングを撮ろうとするだろう。「映画監督 長谷川和彦」は今も生き続けているのだ」

「GOJI 映画監督 長谷川和彦」監督:森山智亘
プロデューサー:神野敬久、大島新、溝樽欣二
宣伝・配給:A PEOPLE
2027年/115分/カラー/ステレオ/DCP
©2027「GOJI 映画監督 長谷川和彦」製作委員会

最終更新日
2026-10-15 15:32:29
提供
キネマ旬報(引用元)

(広告を非表示にするには)