ウェス・アンダーソン監督の最新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の魅力について、ラジオDJやナレーターとして活躍するサッシャさんにインタビュー! 映画好きとしても知られるサッシャさんが大絶賛する今作の、注目ポイントとは? ウェス・アンダーソンの魅力とともにお届けします。
ウェス・アンダーソンの美へのプライドがぎっしり。まるで動く美術展を見ているよう。
――ウェス・アンダーソン監督の最新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』いかがでしたか?
「先ほど見終えたばかりで、逆にまだ考えや感想がまとまっていない状態なんですが(笑)、やっぱりおしゃれ! そもそもウェス・アンダーソンって、“おしゃれ”と“奇妙”あるいは“気味の悪さ”のバランスの人じゃないですか。これまでの作品を観ても、おしゃれの中に気味の悪さがあり、また、気味の悪さの中におしゃれがあるという印象ですが、今作は特におしゃれさが際立っていました。」
――例えばどんなところにでしょうか。
「まずは画角なんですが、『グランド・ブダペスト・ホテル』でも一部に用いていた4:3に近いアスペクト比を、今作では全編に用いていて。彼の美意識が表れていると思ったし、画面に映るものの隅から隅まで計算し尽くされているのがよくわかりました。」
――4:3のアスペクト比は、昔の、ブラウン管テレビの画角ですよね。現代の地上デジタル放送の16:9に比べて、より正方形に近い比率ですね。
「そうです。冒頭の、ベニチオ・デル・トロ演じるザ・ザ・コルダ(以下、ザ・ザ)がお風呂に入っているシーンは真俯瞰で撮っているのですが、4:3だからこそ計算されたシンメトリーが左右だけではなく上下にも生かされていたし、すごく印象に残っています。また、セットや衣装もいちいちおしゃれでした。1950年代を舞台にしたストーリーなので、ミッドセンチュリーのど真ん中。衣装はもちろん、部屋の壁紙や家具、飛行機の内装、出てくる小物まで全ていいもので、本物であるということを感じるんです。」
――ちなみに、パイプは「ダンヒル」、ロザリオは「カルティエ」、万年筆は「モンブラン」、赤いバッグは「プラダ」など、作中で印象的だった小物はどれもハイブランドのもので、特注品だったりもするそうです。
「やっぱり! おそらく服もハイブランドですよね。さらに、色の使い方にも強いこだわりを感じました。例えば背景の家具や壁紙に青を使っている時は、ザ・ザの衣装にも差し色で青が入っていたり、後半には赤をモチーフにしたシーンも。ミア・スレアプレトンが演じたザ・ザの娘のリーズルは常に白の修道服を着ていますが、背景に白の柱を入れたりとか。リーズルは修道女見習いなのに赤い口紅をつけたり、パイプを吸うなどパンクな一面も見せつつ、真っ白な修道服によって、さまざまな利権問題などにも属さず、それこそ父親にも染まらないんだ、というようなニュアンスが込められているようにも思えたんです。」
色使いやさまざまなモチーフに途中から気づき、繰り返し見たくなるのがアンダーソン作品
――考察が止まらないですね。さすがです。
「物語がないがしろになるぐらい止まらないです(笑)。でも僕、色使いにかなり意味合いを持たせているということに途中から気づいたんです。きっと最初からあったんだろうと思うと、うわぁ、もう1回最初から見直したい! って気持ちです。」
――アンダーソン監督の作品はどれも、1度観ただけでは気が済まないという魅力もありますよね。
「そうなんですよ。また、個人的には、黄色使いが素敵なイメージもあります。白いものも黄色っぽく映すとかフィルターをかけることで、ノスタルジックに見せたり、ヴィンテージ感をあげる効果があると思うんですね。日本人とヨーロッパ人では、黄色の見え方も変わると思いますが、彼の黄色は、砂っぽい黄色というか、“ウェス・アンダーソン・イエロー”とも言える特別な色。今作でも黄色が生きていました。一方でストーリー自体は、ザ・ザのフェニキア計画を進める中で見えてくる家族の絆みたいなものを描いているんですが、これまでの作品に比べて構成は割とシンプルだったと思います。ただ、色以外にも名作をオマージュしたかのような白黒のシーンを取り入れるなど、仕掛けがたくさんあって、本当は他にも何かが隠れているんじゃないか…と思ってしまう。また劇場で観たいと思っているし、家で観られるようになったらコマ送りでも観て、さらに考察したいです(笑)。なんなら、おしゃれなシーンをキャプチャーにして、PCやスマホの壁紙にしたいぐらい!」
――セットとして使用された、本物の美術品を紹介するYouTube動画も公開されていますが、ルネ・マグリットの「赤道」やルノワールの「青い服の子供(エドモン・ルノワール)」、その他彫刻など、個人所有や美術館から借用したそうです。
「すごいですね! 劇中の「いい絵は買うな、本物の名作を買え」というセリフが、飛び抜けてキラッと輝いて印象的でしたが、それもまた、アンダーソン監督の美意識を象徴しているのでしょう。「天井を撃つなら人を撃て」というセリフもそう。しかもこのシーンで天井は映っていないんじゃないかな(笑)。おそらく、映っていない部分にまでものすごい美意識を詰め込んでいるんだろうなぁと。」
全員が主役級の豪華な役者陣にも注目!
――今作でどうしても触れずにはいられないのが、キャスト陣です。
「とにかく豪華。脇役にトム・ハンクスですよ(笑)! ベネディクト・カンバーバッチなんて、最初5秒ぐらい誰だかわからなかったぐらいの役作りで圧巻でした。ミア・スレアプレトンは主役級の役者たちを前にして、微動だにしない芝居を見せてくれて、度胸座ってますよね。さすがケイト・ウインスレットの娘。生まれながらにその魂がDNAに刻まれているかのよう。他にもスカーレット・ヨハンソンや、常連のビル・マーレイまで。そんな主役級がゴロゴロ出てくる中で、個性の強いベニチオ・デル・トロがど真ん中に立つというアンバランスな感じがまた面白いし、堂々と演り遂げているあたり、本当にすごい人だと改めて思いました。カルティエやプラダ、本物の絵画と同じように、この本物の役者たちがいるというのも、アンダーソン監督の世界観の説得力を高めます。」
――アンダーソン監督の作品に出てくる登場人物たちは、無表情でシニカルな印象が強いですが、その世界観にこれだけの役者がドンピシャにハマれるのもすごいです。
「無表情でも表情を出せてしまうクラスの役者たちなんでしょうね。贅沢すぎます。そして、その役者たちを集めて自分の好きな世界観で作品をつくりあげ、インディペンデンスではなくメジャーで配給できてしまう。ウェス・アンダーソンはやはりすごい!」
――今作を楽しみにしてくれている人たちにメッセージを送るなら?
「これまでのウェス・アンダーソンの世界観は守りつつ、映像やセット、小物などへのこだわりと美意識がさらに進化している。そしてこの豪華な役者陣によって、一発でこれが誰なのかどんな役まわりなのかなど、説明がなくてものめり込める作品だと思います。ストーリーにも会話にもすっと入り込めて、色や美術品がハッとするぐらい美しい。一流しか出てこないので、隅から隅まで見落としたくないという気持ちにさせるんです。今作はまるで動く個展を見ているようでした。ある意味、これこそが現代アートとも言えるんじゃないですかね。美術館に展示された作品を見るように楽しんでいただきたいです。きっと、自分の感性やセンスまで磨いてくれると思います。」
――ちなみに、もしサッシャさんがアンダーソン監督の世界に入るとしたら、どんな人物になってみたいですか?
「無表情でシニカルな言葉を淡々と放つ人物たちが魅力を放っているのが、アンダーソン監督の作品の特徴のひとつですが、逆に、淡々と言わない人物になってみたいです。やっぱり僕は喋る仕事でもあるので、周りは無表情なのにその中でひとりペラペラと喋り続けるような(笑)。」
――その違和感も見てみたいです(笑)。
「それで最後は飛行機の操縦席からぶっ飛ばされて殺されてもいいし(笑)。とにかく、これまでの作品の世界観にいなさそうな人がいいですね。」
――ところで、サッシャさんが映画を観る時のこだわりはありますか?
「人によっては、映画館でできるだけ前の席で細かいディテールまで見たいという意見もあると思いますが、僕の場合は、なるべく後ろの席で観たい。今作みたいなものは特にそうで、漠然とした全体像やスクリーンの隅っこに仕掛けられたもの、行われていることまでわかるから。それから、映画の半分は音を楽しむものでもあると思っていて。例えば、あえて音を入れない演出や、音がない部分も含めて“音”だと思うんです。僕が初めて一人暮らしをした頃、家で映画鑑賞をする時はブラウン管テレビにアンプを繋げてサラウンドにして映画を観ていたんですが、21型の小さい画面なのに、映画館で観ているような没入感を味わったんです。だから今でも家の音響はサラウンドにしているし、画質よりも先にまず音響にこだわりたいですね。ただもちろん、音の帯域の幅や強弱、SEの技術を駆使した最高の状態が堪能できるのは、映画館だとは思っています。」
――最後に、映画というエンターテインメントが与えてくれるものとは?
「映画とは、2〜3時間の中で、自分が体験できない人生や、行くことができなかった場所に行ったかのような感覚を味わえるもの。今作のように1950年代を体感することもできるし、歴史ものであればもっと昔に、また宇宙や人類がまだ到達できない未知の世界にも。ドキュメンタリー作品であれば、自分とは全く違う生活を擬似体験できたり、知らない知識をくれたりもします。映画とは“どこでもドアであり、タイムマシーンでもある”んですよね。だから映画をたくさん観ている人は、それだけ多くの人生を生きている人だとも言えると思っています。」
〇サッシャ
1976年9月22日生まれ、ドイツ・フランクフルト出身。日本語、ドイツ語、英語のトライリンガル。ドイツ人の父と日本人の母の間にドイツで生まれ、小学校4年生の時に日本に移住。FMラジオ局J-WAVE「STEP ONE」ナビゲーター、「金曜ロードSHOW!」ナビゲーター。また、スポーツ実況アナウンサーとしてモータースポーツ、自転車レース、J.League、バスケットボールそしてヨットレースなどを担当。
〇『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』
物語の舞台は1950年代、“現代の大独立国フェニキア”。大富豪のザ・ザ・コルダ(ベニチオ・デル・トロ)を乗せたプライベート・ジェットは上空で爆破するが、強運の持ち主であるザ・ザは、この6度目となる暗殺未遂をも生き延びる。そして、フェニキア全域に及ぶインフラを整備する大規模プロジェクト“フェニキア計画”を成功させるべく、6年ぶりの再会となる修道女見習いの一人娘、リーズル(ミア・スレアプレトン)、家庭教師で昆虫学者のビョルン(マイケル・セラ)とともに、資金調達と計画推進の旅に出るが…。9月19日(金)より全国ロードショー。9月26(金)よりダンヒル銀座本店にて、映画の中に登場したパイプの実物を展示。また、同ダンヒルバーにて『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』にインスピレーションを受けたカクテルも提供中。
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https://zsazsakorda-film.jp/
監督・脚本:ウェス・アンダーソン
出演:ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン、マイケル・セラ、リズ・アーメッド、トム・ハンクス、ブライアン・クランストン、マチュー・アマルリック、リチャード・アイオアディ、ジェフリー・ライト、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチ、ルバート・フレンド、ホープ・デイヴィス
配給:パルコ ユニバーサル映画