『イン・ザ・スープ』(1992)や『フォー・ルームス』(1995)などで知られる米インディーズのアイコン、アレクサンダー・ロックウェル監督。その25年ぶりの日本公開となる最新作『スウィート・シング』が、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中。
この度、ロックウェル監督と、主役のビリーを演じた実の娘でもあるラナ・ロックウェルが、ニューヨークの自宅で取材に応じた。
<スペシャル父娘インタビュー>
Q:この映画をつくろうと思った理由は?
監督:この映画の数年前に、娘のラナと息子のニコを主役にして『Little Feet』という映画を撮った。当時、僕たち家族はロサンジェルスに住んでいたんだけど、ハリウッドでは思うように映画を撮れなくて、純粋な映画づくりに戻ろうと思ったんだ。自分の資金で、今一番撮りたいと思うものを撮ってみようと。それがラナとニコを撮ることだった。その後、僕らはニューヨークに戻ったんだけど、ラナの助言もあって、もう一度2人と映画を作ってみたいと思った。それがきっかけなんだ。
Q:ラナさんは『Little Feet』の後は、演技を続けていたのですか?
ラナ:『Little Feet』の撮影時は7歳でした。あの頃はまだ、映画撮影と言っても、何か遊びをしているような気持ちでしたけど。その後は、父の学生たち(ロックウェル監督はNY大学大学院で映画を教えている)の短編に出演したことがありますが、撮影は1日か2日だったので、『スウィート・シング』のように演技に打ち込んだのは初めてです。『スウィート・シング』を撮影していたのは15歳になった時で、今は18歳です。
Q: 監督から見てのラナさん、ラナさんから見ての監督について教えてください。
監督:娘の前で言うのは嫌なんだけど、実はラナを魅力的でなく撮る方が難しいんですよ。彼女はカメラに愛されているタイプの人間。例えば、往年の名女優のエヴァ・ガードナーのように。ラナだけでなく、弟のニコはマーロン・ブランドのようだった。二人がこんなにもプロフェッショナルとして映画の現場にいるのを誇らしいと思った。
ラナ:父のことは既に信頼しているので、わざわざ監督との信頼関係をゼロから築かなければいけない、ということはなかったのでそれは良かったです。多少の意見の食い違いや口論はあっても、安心して身を任せることができました。この映画では心の全てをさらけ出さないといけない場面もあったので、監督が父なので安心してできました。
Q:この映画はほとんどが白黒で、部分的にカラーがありますが、その理由は?
監督:僕の子供の頃の避難場所は映画館で、そこで僕が見ていたのはたくさんの白黒映画だったんだ。黒澤明の『七人の侍』を見たのは18歳だったかな。僕はサムライになった夢を見た。その夢は白黒だったんだ。それである日思った。素晴らしい写真集の多くは白黒なんだから、映画が白黒だっていいじゃないかって。それで僕は白黒映画を撮ることが多いんだ。部分的にカラーなのは、フィルムで撮影したからだ。今では良質な白黒フィルムがもうないので、カラーフィルムで撮って、後からラボで白黒にするんだけど、ある日、偶然、色を抜く前のカラーのフィルムを見てしまった(笑)!それは、バスルームの中でビリー(ラナ)が夢の中のビリー・ホリデイに出会うシーンなんだけど、その色彩の美しさときたら!まるで命が爆発するような感覚だった。それで、ビリーの想像力が自由になっている時をカラーにしてみようと思ったんだ。
Q:映画には、ヴァン・モリソン、ビリー・ホリデイ、カレン・ダルトン、ブライアン・イーノ、シガー・ロスなど音楽ファンにはたまらない数々の楽曲が使われていますが、すべて監督が選曲したのでしょうか?
監督:はい。これらの音楽は私自身そのもので、私の魂を作っているものですからね。でも音楽会社は小さい映画に曲を与えたがらないので許可を取るのが大変でした。例えば、ブライアン・イーノのマネージャーが日本に住んでいると知って、彼に懇願し、手紙を沢山書いたり。とうとうマネージャーから「分かった分かった」と返事が来て、アーティスト自身も使用を認めてくれたんですよ。ヴァン・モリソンも、カレン・ダルトンやビリー・ホリデイの遺産管理団体も、みんなこの映画を気に入って音楽を使わせてくれた。運の良さもあると思いますが、決して諦めないことですね。
Q:日本では25年ぶりの新作劇場公開となりますが、日本に対してどのようなイメージをもっているでしょうか。
監督:日本映画は、構図や、人間の描き方など、僕の映像作家としてのあり方の多くを形作ってくれたものなんだ。小津監督、溝口監督、黒澤監督の影響は色濃くうけている。現代の監督でいうと是枝監督の作品は「自分の“映画の兄弟”がこれを作っているんじゃないか」と思いながらいつも観ているよ。
ラナ:私も父と一緒に子供の頃から色々な“古典”を観てきているので、日本映画は潜在意識のどこかに刷り込まれていますね。
監督:おとぎ話を聞かせるように、子供たちとずっと映画を観てきたよね。
Q:最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。
監督:この映画は、希望と喜びを届けるアメリカからの手紙のようなものだと感じてもらえたら嬉しい。アメリカは今、ネガティブな感情に苛まれていて、怒りや憎悪とかそういうものが蔓延している。そんな世の中を生きなければならない子供たちには過酷だと思う。でも一方でこの映画に登場させたビリー・ホリデイのように、過酷な少女時代を生き延びた“希望の星”がいる。アメリカのみならず、世界にも”希望”はそこかしこにあるはず。そんなメッセージを受け取ってくれたら嬉しいです。
ラナ:この映画を観てくださる日本の観客の皆さんと心は共にあります、とお伝えしたいです。ビリーの喜びや輝きを感じ取ってくれれば嬉しいですね。