『凶悪』を世に送り出して以降、毎年のように作品・監督・俳優賞を中心に国内賞レースを席巻し、いま俳優たちが最も出演を熱望する映画監督のひとり、白石和彌監督の最新作『ひとよ』が11月8日(金)全国公開。
この度、9月30日(月)に本作の映画サイト連合レビュアー試写会を実施。メガホンをとった白石和彌が登壇し、『ひとよ』制作秘話披露や観客との質疑応答を行いました。
上映後に実施されたトークイベントには、映画を観終えたばかりの観客から、割れんばかりの拍手を浴びて白石監督が登場。映画評論家の松崎健夫を司会に迎え、本作にまつわるトークを展開した。これまで『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』、『孤狼の血』など、さまざまな立場にある人々の関係を“疑似家族”的に描くことでも知られてきたが、本作では初めて“血縁の家族”を描いていることでも話題に。白石監督は、血の繋がった家族をメインに据えつつも、主人公の兄妹や家族ではなく、舞台となるタクシー会社で働く“疑似家族”的な人々のほうを楽しそうに描いていたりと、「これまで撮ってきた作品の延長にあるかなという気がする」と自ら過去作との共通点についてコメントした。
また白石監督は、桑原裕子率いる劇団 KAKUTA の舞台「ひとよ」を映画化した本作について、舞台版と映画版の違いについても言及。主題はそのままに、舞台版では母こはるが主人公だったところを、映画版では三兄妹の次男雄二を主役に視点を変えて作品を組み直したのだという。また、映画では佐々木蔵之介演じる新人タクシードライバーの堂下は、舞台で描かれなかった息子との交流を映し出し、特別なひとよ(一夜)があったことを演出している。さらに、映画のクライマックスで繰り広げられる、とある迫力満点なシーンについても、映画を楽しんでもらえるように施された仕掛けであることが明かされ、会場からは感嘆の声が上がった。
続いて話題は、豪華俳優陣のキャスティングについて。三兄妹の母こはるを演じた田中裕子に関しては、映画化の企画が始まった時からこはる役を熱望していたという白石監督。キャスティングが実現した後には、田中が半年ほど他の仕事をストップしてご自身の白髪で撮影に臨んでくれたことを明かし、「それがすごく嬉しくて、お願いしてよかったなと思いました」と喜びを語った。
白石監督の熱列ラブコールで主演に決まった雄二役の佐藤については、「雄二はツンデレな感じがあるけど、実は一番母親の言葉にとらわれていて、誰よりも家族のことを考えているというキャラクター。それが、普段はクールでかっこいいけど、映画や芝居に関しては誰よりも熱いものを持っている佐藤くんと、どこかシンクロしてくれないかなという期待がありました」と起用意図を明かし、「単純に一緒に仕事もしてみたかったので、このタイミングで実現できてよかったです」と笑顔を見せた。
そんな佐藤と、兄妹を演じた長男大樹役の鈴木亮平、長女園子役の松岡茉優については、三人が本当の兄妹に見えると絶賛の声が相次いでいる。司会の松崎からも「監督が何か魔法をかけたのでは?」と質問が飛ぶと、白石監督は撮影前に多少不安を感じていたものの、大樹と園子が父の墓参りをするシーンで、「松岡茉優ちゃんのアドリブも相まって、二人がいい感じの兄妹に見えて安心して、ここに佐藤君が入っても大丈夫だと確信した」ことを告白かした。さらに「三人が本当の兄妹に見えるのは、彼らが魔法の粉を自分たちに振りかけたからだと思う。役者っていうのはやっぱり凄いんだなと思いました」と、キャスト陣の熱演を絶賛した。
イベントの後半には、観客との質疑応答を実施。あらためて鈴木と松岡の起用経緯を問われた白石監督は、主演の佐藤に合わせて年齢差などを考慮しながらキャスティングしていくなか、確かな演技力のある二人に行きついたことを明かした。鈴木については「吃音がある役だが、彼はキャラクター作りの力があるので、そこをうまくやってくれると期待していた。(2020 年公開予定の出演作である)『燃えよ剣』の撮影より前に吃音の練習に入って、役に向き合う姿勢が凄く良かった」とその役作りを称賛。松岡については「腹の座り方が園子なんだろうなあと思っていたし、彼女のキャラクターなら、田舎のスナックでくすぶっている感じもうまくやってくれるだろうと思った」と笑わせつつも、絶大な信頼を寄せていることを語った。
続いての観客からは、映画公式 Twitter アカウントで発信されている、白石監督が「自身で良いと思ったシーンの撮影でゲラゲラ笑う」ことについて質問があがった。照れながらも撮影中に結構笑ってしまったシーンがあるという監督はまず、三兄妹の談笑シーンをピックアップ。母こはるがコンビニでエロ本を万引きするという印象的な場面を経て、それを振り返りながら笑い合う兄妹の場面だ。こはるが手にした「デラべっぴん」のイントネーションを園子が間違え、雄二が訂正するというくだりは、実際に現場で松岡と佐藤が繰り広げたやりとりをセリフにも反映させたものだといい、彼らが醸し出す空気感に思わず笑ってしまったのだという。また、「登場人物の感情が高ぶると笑ってしまう」という監督は、佐々木演じる堂下の絶叫シーンについて言及。人あたりが良く穏やかな人物として知られていたはずの堂下が、後半ある出来事をきっかけに感情をむき出しにするシーンで、「かわいそうだなと思ったら、感極まって、笑えてきてしまって...」とコメントし、映画を観たばかりの会場からも笑いが巻き起こった。
親目線と子供目線の両方で描かれている本作に関して、どちらに思い入れが強いかという質問には、白石監督は「両方ですねえ...」と感慨深げにコメント。「親の自分としては、たとえば子供が生まれた時、その命を守ることが法を犯すことに繋がるのならやってしまうかもしれないとすごく考えましたよね。でも子供目線で考えると、親の期待に応えられている人はほぼいないと思うし、それが(映画のように)ここまでの呪縛になると、苦しい人生を歩まざるを得ないのかなとも思う」と、子供たちを守るために行動に移した母こはるに、自身の気持ちを重ねるように語った。さらに、「親の期待に応えられなかった後ろめたさとか、僕にも当然あったので、それぞれのキャラクターに僕の思いを乗せました。特に雄二と大樹(を演じた佐藤と鈴木)には、いろいろ思うところがあってやってもらった芝居も結構あります」と、作品やキャラクターに並々ならぬ思いを注いで撮影したことを述べた。
イベントの最後には、白石監督から「一生懸命作った映画ですので、気に入っていただけたら、ぜひ応援いただければと思います」とメッセージが贈られ、会場から惜しみない拍手が上がり、大盛況のうちに閉幕した。
(c)2019「ひとよ」製作委員会