P.N.「オーウェン」さんからの投稿
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2025-04-17
※このクチコミはネタバレを含みます。 [クリックで本文表示]
この映画は、上田秋成の「雨月物語」から「浅茅が宿」「蛇性の婬」の2編を取り出して脚色された、溝口健二監督の映画史に残る名作だ。
この映画は一種の怪談物なのだが、確かに、このような高雅なロンティシズムの香りを漂わせた怪奇映画は、日本映画の得意とするものなのかも知れない。
戦国時代の末期、羽柴秀吉と柴田勝家の軍勢が琵琶湖の畔で鬩ぎ合っていたころの話だ。
この戦火のどさくさで焼き物を売って儲けようと野心を起こした陶工の源十郎(森雅之)は、妻の宮木(田中絹代)、妹の阿浜(水戸光子)、その亭主の藤兵衛(小沢栄太郎)などを動員して、大急ぎでたくさんの焼き物を作り、それを売るために小舟で湖を渡る旅に出る。
源十郎は、焼き物を買ってくれた若狭(京マチ子)という美しい女の屋敷に品物を届けに行ったまま、彼女の色香に魅せられてそこに留まり、彼女と契りを交わしてしまう。
だが、実は彼女は既に滅亡した一族の女の死霊だったのだ。
旅の僧の忠告でそれを知った源十郎は、体中に経文を書いてもらってやっと呪縛を脱して故郷へと帰る。
家では宮木が子供を守って暮らしていて、源十郎を温かく迎え入れてやる。
ところがこの宮木も、一夜明けてみるとその姿がないのだ。
実は彼女も、家へ帰る途中で雑兵に殺され、死霊となっていたのだ。
侍になった藤兵衛も、一時は戦場で大将首を拾って出世したが、阿浜が娼婦になっているのを知って夢から醒め、一緒に家に帰って来る。
こうして、戦争で狂った男たちの夢も消え、再び、営々と地道に働く日々が訪れたのだ。
京マチ子の若狭の情熱と、田中絹代の宮木のエレガントな気高さと、二人の女優の美しい死霊の魅惑は、実に素晴らしい。 京マチ子は、朽木屋敷と呼ばれる幽霊屋敷全体の妖しい光線の中で激しく動き,田中絹代は,簡素な田舎家の夜の灯りの中の、ひっそりとした見のこなしで、”母性の優しさ”を感じさせる好演で、観ている私を不思議な静けさの中に引きずり込んでいく。 能から多くの要素を取り入れたという早坂文雄の静謐な音楽と、名手・宮川一夫のカメラが全編に冴え渡り、特に源十郎と若狭のシークエンスにおいては、日本的な”幽玄妖美の世界”が、たぐい稀な映像美として描かれていると思う。 この映画を観終えて、つくづく思うことは、かつての日本映画の質の高さ、映画人の映画に賭ける情熱のほとばしりの凄さだ。