流されて… 作品情報

ながされて

地中海の華麗な8月の海を一艘のヨットが走っていた。このヨットに乗っているブルジョア仲間の一人、実業家夫人のラファエラ(M・メラート)はビキニ姿で太陽を浴びながら、召使いのジェナリーノ(G・ジャンニーニ)のシャツの匂いが臭いと文句をいったり、仲間たちと時局問題について、とりとめなくしゃべりまくっていた。そんなある日、彼女はヨットからはなれた洞窟で泳ぎたいと言い出し、ジェナリーノに命じて二人だけでモーター・ボートで沖に向かった。しかし、ボートのモーターが故障し、海上をさまよったあげく無人島にたどりつく。ジェナリーノは、さっそく小屋を作り自給自足の生活を始めるが、こうなるともはやラファエラの召使いではなかった。料理も洗濯も、魚をとることもできないブルジョア育ちのラファエラは、伊勢エビなどをとって料理しているジェナリーノのまえでは、まったくの無力だった。この時とばかりにジェナリーノの屈辱と怨みが一度に爆発し、ラファエラに“ご主人さま”と呼ばせ主従の立場はまったく逆転する。原始社会に帰ったようなこの世界では、男は本来の野性の姿をあらわし、ラファエラも、いつしかジェナリーノのたくましい男の魅力にひきつけられていった。ジェナリーノはラファエラに欲求不満をぶつけ、殴る蹴るの暴力でいためつけ、ついには砂丘で彼女の肉体を奪う。ラファエラはその性の快楽に、いまだかって経験したことのない強烈なものを感じた。彼女は高慢なブルジョア女ではなく“女”そのものとなって征服される喜びにひたっていたのだ。それ以来、野性に帰った男と女の本能におもむくままの愛の生活が始まった。しかしそんなある日、行方不明となった二人を捜し求めるヨットが沖を通りかかり、同時に二人の目の中に飛びこんできた。ラファエラはジェナリーノに、このままの生活を続けるために見すごそうと主張するが、ジェナリーノは二人の愛を確かめ合うためにも一度ヨットにもどり、また島へ帰って暮そうと言って救出を求めるのだった。ヨットに助けられた二人には陰鬱な文明社会が待ち受けていた。ラファエラには実業家の夫との退屈な生活、ジェナリーノには労働者階級の貧しい妻子のいる家庭……。ジェナリーノは、ラファエラの夫から妻をよく守ったと感謝され、大金を贈られる。屈辱的なことだったがその金をすべて投じて指輪を買い、彼女に贈り、島へ脱出するため、港で待つことを伝えるジェナリーノ。だが約束の時間、ラファエラは港には現われず、夫と共に豪華なヘリコプターでミラノへ帰っていった。二人の新しい世界を夢みたジェナリーノは現実にひき戻され、すごすごと妻の後から家路に向かうのだった。

「流されて…」の解説

男と女の愛と性の極限を地中海の孤島を舞台に描く。製作はロマノ・カルダレッリ、監督は日本初登場のイタリアの女流監督リナ・ウェルトミューラーで脚本も彼女自身のオリジナル、撮影はエンニオ・グァルニエリ、音楽はピエロ・ピッチオーニ、編集はフランコ・フラティチェリ。

公開日・キャスト、その他基本情報

公開日 1978年5月27日
キャスト 監督リナ・ウェルトミューラー
出演ジャンカルロ・ジャンニーニ マリアンジェラ・メラート Salvatore Caronia Luis Garcia Suarez エロス・パーニェ
配給 東映洋画
制作国 イタリア(1974)

ユーザーレビュー

総合評価:4点★★★★、1件の投稿があります。

P.N.「オーウェン」さんからの投稿

評価
★★★★
投稿日
2024-05-20

妙に気になる俳優の中のひとり、ジャンカルロ・ジャンニーニ。
ジャンカルロはルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」、エットーレ・スコラ監督の「ジェラシー」などに出演していましたが、特に「イノセンス」での北イタリアの上流社会の男のデカダンスを実に見事に演じていて、もうすっかり彼の魅力の虜になりました。
どこか、マルチェロ・マストロヤンニに似ていなくもないけれど、ジャンカルロは、マルチェロよりも遥かにキザでセクシーなイタリア男だという気がします。
そして、この典型的なイタリア俳優の魅力を何よりも最大限に発揮したのは、リナ・ウェルトミュラー監督の「流されて---」でした。
粗野で下品でセクシーで、それでいてふとした表情に知的なデカダンスをのぞかせるジャンカルロは、ミラノが代表する北イタリアの洗練された知性と、ナポリが代表する南イタリアの陽気さと激情という、イタリアを二分する特性のどちらも持ち合わせた、稀有で貴重なイタリアの俳優だと思います。

そして、リナ・ウェルトミュラー監督とジャンカルロは、「ミミの誘惑」「愛とアナーキー」「セブン・ビューティーズ」などの作品でコンビを組んだ、いわば師弟コンビなのですが、この「流されて---」のジャンカルロは南イタリアの男を体現しています。 八月の地中海に白い帆を張る豪華なヨット、ナポリの実業家夫人ラファエロは、ブルジョワ仲間たちとバカンスを楽しんでいる。 ところが、モーターボートで沖へ出た夫人は、モーターの故障から召使いの男ジェナリーノとたった二人、無人島に漂着した。 自給自足の原始的な生活の中で、夫人と召使いの立場は逆転していくのだった----- 。

この映画は、アメリカでは一種の"フェミニズム"映画として大ヒットしたそうですが、女性監督の視点から描いた男と女の愛の力学が、ブルジョワと労働者階級、支配者と被支配者、文明と原始といった見事すぎるくらいの図式にピタリと当てはまったせいなのかもしれません。 しかし、思うにウェルトミュラー監督のフェミニズム意識と恋愛観は、もっとしたたかで複雑ではないだろうか。 この映画の原点は、やはりヨーロッパの成熟が生んだ"官能の世界"なのだと思えてなりません。

最終更新日:2024-05-30 16:00:01

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