暴力脱獄 作品情報
ぼうりょくだつごく
酔ったあげくに街のパーキングメーターをやぶったルーク(ポール・ニューマン)は懲役2年の刑を言い渡された。刑務所仲間はドラグライン(ジョージ・ケネディ)ほか強面の連中ばかりだったが、それ以上に、彼らを見守る看守の面々も猛者ぞろいだった。囚人と看守の間には絶えず反目と憎悪の空気が絶えなかった。新入りルークの仕事は、炎天下に雑草を刈り溝を掘るという重労働だったが、彼の新入りらしからぬ図々しくて、容量のいい態度は仲間の反感を買い、とくにボスのドラグラインは気に入らなかった。ある日2人は命をかけての殴り合いとなり、ついにルークが勝った。囚人のリーダーはドラグラインからルークの手に渡ったのである。数日後、ルークの母(ジョー・V・フリート)が訪ねてきた。面会時間が切れて、病に老いた母の後ろ姿を見送った時、ルークは、母に会うことはあるまい、と思った。そして、母の死を知らせる電報が来た時、彼は泣いた。3日後、ルークは脱獄した。逃げに逃げたが結局は捕まってしまった。ひどい懲罰を受けた。だか彼は再度脱獄。そしてドラグラインに、“冷たい手のルークより”と署名した手紙さえ送ったきた。監房の連中は口惜しがったが、ひとりとして怒るものはいなかった。自由になったルークこそ彼らの願望の体現者なのだから。しかし皆の期待を裏切ってルークはまた再び捕まってしまった。厳重な足かせをはめられ独房にほうりこまれた。それでも彼は反抗をやめない。そして、三度脱獄。今度はドラクラインも一緒だった。だが途中で2人は仲間割れ。ドラグラインは1人になり急に恐くなった。死にたくない。ルークも死なせたくない。半分は親友への愛から、半分は恐怖からルークの居場所を密告した。瀕死の床でルークは、医学的な治療をすべて拒絶した。迫りくる死を待つ彼の表情は美しくさえあった。今日も囚人たちは炎天下で働いている。言葉ををかわさない彼らの胸の中には権威に反抗し続けて、屈することを知らなかった冷たい手のルークが生きている。
「暴力脱獄」の解説
実際に牢獄生活を送ったことのあるドン・ピアーズの小説を、彼自身とフランク・R・ピアソンが脚色、テレビ「裸の町」「アンタッチャブル」などの演出をしていたスチュアート・ローゼンバーグが監督した脱獄もの。撮影はコンラッド・ホール、音楽はラロ・シフリンが担当した。出演は「引き裂かれたカーテン」のポール・ニューマン、「夕陽よ急げ」のジョージ・テネディ、「エデンの東」のジョー・ヴァン・フリートとディック・ダバロスほか。なお、原作者のドン・ピアースが技術顧問を買ってでているが、彼は囚人の一人に扮して経験者ならではのリアルな芝居もしている。製作はゴードン・キャロル。
公開日・キャスト、その他基本情報
配給 | ワーナー・ブラザース・セブン・アーツ |
---|---|
制作国 | アメリカ(1967) |
上映時間 | 127分 |
動画配信で映画を観よう! [PR]
ユーザーレビュー
総合評価:4点★★★★☆、1件の投稿があります。
P.N.「手の中の光、かっこよさは輝き!!」さんからの投稿
- 評価
- ★★★★☆
- 投稿日
- 2022-11-04
ポール・ニューマンの人間的魅力と才能が遺憾無く発揮された作品。
どんな役柄も、自然体で、人間味溢れ、品もあり、チャーミング、スターとは、お高くとまる存在ではなく、どんな存在にも愛される存在だと実感する作品。
原題からだとシンプルに分かりやすいが、光、希望とは、その手の中にあると言う作品。
どんな状況にあろうとも、光は、あなたの手の中のクールさ、賢さ、それが、神の叡知、何処かにあるのではなく、直ぐそこに、息するよりも近く。
『エデンの東』の母親と『暴力脱獄』の母親とが一緒なのも、神の計らい以外無いだろ?
来るものを拒まず、去るものを追わず、そこには、神の賢い、クールな、ルーク(光)があるのだから。
いつでも、あなたの手の中に、光(ルーク)はある。
選り好みしていると、本質を見失う、死ぬまで、笑顔で生きる、なぜなら、希望の光は、いつも、あなたの手の中にある。あなたの選択にかかっていると教えてくれる作品。