本年度アカデミー賞にて、史上初となる国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞3部門同時ノミネートの快挙を成し遂げた、デンマークほか合作によるドキュメンタリー映画『FLEE フリー』が、6月10日(金)新宿バルト9、グランドシネマサンシャイン 池袋ほかにて全国公開された。
本作は、主人公のアミンをはじめ周辺の人々の安全を守るためにアニメーションで制作された。いまや世界中で大きなニュースになっている難民やアフガニスタンを巡る恐ろしい現実、祖国から逃れて生き延びるために奮闘する人々の過酷な日々、そして、ゲイであるひとりの青年が自分の未来を救うために過去のトラウマと向き合う物語を描く。多くの観客に深い感動と衝撃を与え、昨年のサンダンス映画祭でワールド・シネマ・ドキュメンタリー部門の最高賞であるグランプリを獲得、また、アヌシー国際アニメーション映画祭でも最高賞となるクリスタル賞ほか3部門を受賞するなど、ドキュメンタリー、アニメーションという表現の垣根を越えてジャンル横断的に高い評価を受け、4月12日現在、各国の映画祭で82受賞136部門ノミネートという圧倒的な評価を獲得している。
主人公アミンとは15歳の頃からの旧友で、アミンが誰にも明かしたことのなかった自身の過去を初めて打ち明けた相手であり、その声をもとに彼の記憶と現在を繋ぐ物語を鮮やかなアニメーションとして作り上げたヨナス・ポヘール・ラスムセン監督が、公開初日の6月10日に新宿バルト9でオンライン舞台挨拶を行った。
ヨナス・ポヘール・ラスムセン監督は、「自分の作品がこうやって日本まで届けられたんだな…と実感できて、とても光栄に思います。ご自分の家でではなく、こうやって劇場まで足を運んでくださりありがとうございます」とあいさつ。
続けて監督は、「いま、アミンは映画に出てきた家にパートナーとともに住んでいます。幸せに暮らしてはいますが、そうはいっても人生いい日もあれば悪い日もある。でも、この映画を通して自分の物語を語ることができたこと、それを世界中で多くの人が受け止めて葛藤を理解したことはアミン自身にとってとても大きな意味を持っているんだと思います」などと、アミンは今どのように過ごしているのかを明かす。
本作では、監督とアミンの出会いの場面も描かれる。ふたりが育んできた友情が映画の制作に与えた影響について、「アミンとの友情は、この映画を作る上でカギとなっています。彼自身の声で初めて語る言葉を、彼は僕に向けて語ってくれました。それは育んできた友情と、信頼があったからだと思うんです」と振り返る。さらに、「僕達の出会いは25年ぐらい前でした。デンマークの小さな田舎の町に住んでいた頃、彼がある日突然やってきたんです。住民500人ぐらいの小さな町で、そこに自分と同年代の少年がいるというだけでワクワクしました。それで彼のことを知りたいなと思ったんです。一度、彼の過去について聞いたことがありましたが、彼はそれについて語りたくなさそうで、僕らの友情の中で触れることのないブラックボックスのような存在になりました。当時は、学校のことや先生のこと、好きなものについて話したり、一緒に時間を過ごす…そういうごく普通の友情をはぐくんできました。高校卒業後は、一緒にあちこち旅行をしたり、新年のお祝いを一緒にしたり、お互いの彼氏や彼女のことを話したり。そんな信頼がふたりの間にあったから、彼は自分の物語を初めて語ることができたんだと思います」と語る。
そんな監督は実際には黒髪だが、映画では金髪に碧眼というやや異なるビジュアルの人物として描かれる。そのことについて、「コントラストを作るという目的がありました。僕の家族の歴史をたどると、実は何世代か前にかつて難民だったという歴史があります。でも、これは僕の物語ではありません。映画を観た方が“では、こっちのキャラクターにはどんなバックグラウンドがあり、どこの出身なんだろう?”みたいなことを気にする必要がないように、あえて金髪と碧眼にしました」と明かす。
今年5月に国連UNHCR協会が発表した数字によると、ロシアのウクライナ侵攻により世界の難民の数は激増し、初めて一億人を超えた。映画で描かれるのはアミン自身の個人的な物語でありながら、それが現実と地続きになっていることについて、「今起きていることと地続きになってしまっていて、それはとても悲しいことです。もちろん制作している時はこうなるとは全く思っておらず、シンプルに自分の友人についての物語を作りたいという思いだったんです」と語る。その上で、「でもそんな中で、この映画を通して、私達が“難民”と呼んでいる方々が、ひとりの人間であることを改めて思い出していただけたらと思います。ひとりひとりがその人なりの希望や未来、それぞれが違った物語を持っていて、この世界の中で自分が安全でいられる場所を、ひとりひとりが探しているのではないでしょうか。そのことを今一度思い出していただけるきっかけになれば嬉しいです」と強調する。
本作は、アフガニスタンを逃れた難民であり、同性愛は存在しないことになっている国でゲイとして生きるという、ふたつの葛藤を抱えたアミンが自分の居場所を探すことがテーマとなっている。そのことについては、「かなり初期の段階からこのことがテーマになるだろうと思っていました。アミンのことは友人として長く知っていますが、彼はずっとひとところに落ち着くことがなく、自分の“ホーム”と呼べる場所、居心地がいいと思える場所を探してるんだなとずっと感じていたんです。映画の中でも描かれますが、彼はパートナーと住むための家を探していました。それは物理的な家のことですが、そのことは次第に物語の核になっていきました。家を見つけることによって彼は果たして落ち着けるのか、ハッピーエンディングが待っているのかはもちろん分かりません。もしかしたら、過去と向き合いたくないという気持ちのまま、過去から逃げ続けて、精神的にも安心を得られず逃げ続けるということだってあり得た訳ですから」と振り返る。
本作の英語吹替版には、リズ・アーメッドがアミン役、ニコライ・コスター=ワルドーが監督役として参加。その配役は監督自身が行ったという。「もともと英語吹替版の制作は、映画のセールスカンパニーからの提案でした。でも、アミン自身の声に沢山のストーリーテリングが詰まっています。だからこそ、それを別の方の声で…というのは、最初は少し違うのではないかと思っていました。でも、英語のバージョンを作ることでより沢山の方に届けることができるのならと考え直したんです」と打ち明ける。それぞれのキャスティングは、ふたりが才能のある役者であるというだけでなく、彼ら自身が普段から人道的な活動を行っていることもポイントだったという。
また、日本のアニメーションに関する質問では、「沢山の素晴らしい作品や監督が浮かびますが、やはり宮崎駿監督ですね。デンマークでも宮崎監督の作品はいくつも上映されています。僕には娘が2人いるんですが、ふたりとも『となりのトトロ』の大ファンなので我が家はトトロだらけなんです(笑)」と打ち明ける。
最後に、「この映画は、世界の色々な場所で多くの方に受け入れていただいてきました。その理由が、良質なフィルムメイキングであると思っていただけているのであれば嬉しいです。そして、この映画が普遍的な物語だからではないかと思います。誰もが安全で、あるがままの自分でいられる場所を探しているのではないでしょうか。ありのままの自分でいられる場所を探したり、見つけたり、見つけたのに失ってしまう方もいます。場所を見つけられない方もいます。だからこそこれだけの多くの方に響いて、デンマークからアメリカへ、そしてこうして日本にも広がっているのではないかと自負しています」と締めくくった。