P.N.「オーウェン」さんからの投稿
- 評価
- ★★★★★
- 投稿日
- 2025-04-17
篠田正浩監督の「心中天網島」は、彼の作品の中で、最高傑作だと思う。
この作品は、近松門左衛門の原作の映画化で、日常性から脱却して、非日常性の世界へ没入する事によって、美と恍惚とエロティシズムの極致を探索した作品だと思う。
この作品で、紙屋治兵衛(中村吉右衛門)の妻おさんと、遊女の小春の二役を演じたのが岩下志麻だが、おさんは日常性を代表した女だ。
すでに、おさんは、治兵衛にとってはエロティシズムの対象とはならない存在で、彼が言う、愛している小春とは、非日常の中で、永久に美の陶酔と悦楽を持続させなければならないのだ。
そして、そのためには、死が絶対の必要条件なのだ。
死を決意した治兵衛と小春が、叢の中で抱き合うセックス・シーンは、それまでの日本映画で表現されたエロティシズムの場面としても最高のものであったと思う。
死と隣り合わせになって、初めてエロティシズムは完遂する。
それはもう完全に非日常の世界なのだ。
「死にたい」と低い声が、情事の絶頂に洩れる。
思えば、性的なエクスタシーの絶頂の中で死ぬことこそ、純粋な悦楽の極致でなくて何であろう。
治兵衛の死体が、ブラリとぶら下がっているロング・ショットには、エロティシズムと紙一重のところに横たわる、篠田正浩監督特有の、何とも言えぬ空しさが込められていると思う。
この作品における、絢爛豪華な目を奪う、映像的なテクニックは、極めて耽美的であると同時に、その底に流れているのは、やはり無常観なのだと思う。