P.N.「鎌倉の御隠居」さんからの投稿
- 評価
- ★★★☆☆
- 投稿日
- 2026-02-21
その出現は衝撃的だった。1985年のショパンコンクール。NHKの取り上げ方のせいだったかも知れない。ソ連の19歳、スタニスラフ・ブーニン。それまで誰も、あれほど超高速のショパンを聴いたことなどなかった。コンクールの模様がテレビで報じられてワルシャワから遠く離れた日本が沸き立った。同コンクール優勝後すぐに来日となり、チケットは即日完売、あろうことか両国国技館がコンサート会場となる沸騰ぶりだった。個人的には、その後、なんの音源だったか、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を聴いて胸に沁み入り、こういうのでいいのになぁ、としばらく愛聴し続けた。
その後、なぜかブーニンは、ショパンコンクールの優勝者にしてはワールドワイドな存在にならず、日本でばかり有名なピアニストととしての活動が続いていたのだが、いつかその様子を見聞きすることがなくなり、どこでだったか、弾けなくなっているという情報だけは耳にしていた。
そのブーニンの現況を知ったのは、3年前だったかのNHKのドキュメンタリーだった。衝撃的な内容だった。
このたび公開となった『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』は、その詳細を物語るドキュメンタリーである。
ショパンコンクールの様子や、その時のNHKの映像、初来日時の熱狂など懐かしい時空が並んだ後、弾けなくなった原因の左肩の石灰沈着性腱板炎、左足首の骨折と壊死というピアニストとしては致命的な不幸が語られ、あらためて事の深刻さとそこに伴走した夫人の献身に心揺さぶられる。
復帰コンサートとなった八ヶ岳での演奏会やサントリーホールでのリサイタルが明瞭な映像と音源で体感できることは、そこに同席できなっかた往年のファンにはただただ嬉しい。2時間弱の大半をそれら復帰後のピアノに向かう姿で占められ、苦難をどう乗り越えたかよりも、今、ブーニンが、どう進もうとしているのかがより強く訴えられ、観る側も前向きになれる。「人に感動を与えられる、美しい演奏がしたい」というブーニンの希求も色濃く、復帰の楽曲リストのメインにシューマンを置いたことにも感動させられる。弾きぶりも、すっかり落ち着き、年相応の音色だな、という印象。エンドロールでバッハが聞こえてきた時には欣喜雀躍の感があった。好事家必見の佳品である。
