P.N.「鎌倉の御隠居」さんからの投稿
- 評価
- ★★★☆☆
- 投稿日
- 2025-10-19
蔦屋重三郎話題の年に、北斎とその娘、応為を主役とする一本。便乗企画と称されても仕方ないことを重々承知の上でのクランクインだったろう。観る側も、話題への関心と全く別物とは捉えにくい。監督・脚本の大森立嗣は10年前からの企画だと取材に応えているが、具現化には蔦重が後押しになったことは間違いない。 かかる環境下、どう映画化するのか。応為に長澤まさみ、北斎に永瀬正敏と知らされ、大森立嗣の立ち位置に従前から興味を有しているファンは気になること必至。当然である。 冒頭は、唐突に応為の啖呵、夫への非難、口撃。いきなり、こんな感じなのか、と思いきや、それ以降、終幕までひたすら緊迫した精神的対峙感の連続。妻であり母を寡黙に演じる寺島しのぶ、北斎の弟子筋に扮した大谷亮平、髙橋海人、長屋の隣人篠井英介、北斎への当主の命を請けた使者を奥野瑛太と人の出入りはあるものの、画面の基盤は、終始、応為と北斎との魂の対話劇。映画というより、二人による舞台劇に惹き込まれるような建て付けである。それに親和力を伴い添えられる旋律は大友良英のジャズテイストで、それらが時に緊張を破り応為の内面の起伏を音像化する。監督と同世代の辻智彦のカメラによる富士を背にした画角も物語の説得力を深めている。観ながら、唸らざるを得ない。 明快な仕上がりでは決してない。それでも2時間をやや超える画面に横溢する集中力は、いささかも弛むことなく、観客に鋭く突き刺さり、それが誠に心地よい。作中内に散見する北斎、応為の名高い作品群にも、ハッとさせられる。 芸達者ふたりに圧倒されるばかりの、熟度高い、佳品である。
