『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督来日インタビュー

  • 登壇者:ジャコ・ヴァン・ドルマル監督
『神様メール』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督来日インタビュー
提供:シネマクエスト

もしも、神様がベルギーのブリュッセルに住んでいて、世界中の人々の運命を面白半分にパソコンを駆使して翻弄しているとしたら? しかも神には口べたで従順な妻に加え、あまりにも有名な“神の子”イエスのほかに、娘もいるという驚きのファミリー構成。それが映画『神様メール』の世界だ。
下品で横暴なな神=父に、反抗心旺盛な10歳の娘エアが果敢に挑み、こっそり神様のパソコンから人々に余命を知らせるメールを送ったことがきっかけで、まさかの奇跡を巻き起こす本作。2015年のカンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され、本国ベルギーでは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を越える大ヒットを記録。これが5年ぶりの新作となったジャコ・ヴァン・ドルマル監督が来日し、お話を伺った。

日本がお好きで、すでに5、6回目だそうですね。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:ベルギー人にとって日本にはいろいろな決まりがあって分からないことがたくさんあります。神秘的な国ですね。最初に来たときは、次に来れば少しは分かるかと思ったのですが、ますます分からなくなりました。

どんなところが?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:たとえば、挨拶や敬語など色々ありますよね。言葉が幾通りもあります。態度もそうだし。わたしは女性に道を譲らないと母に怒られるんですが、エレベーターに乗るとき、女性に「どうぞお先に」とやると、日本では混乱してしまいます。でも、そうしないと母がすごく怒ります(笑)。

この映画は、神様がパソコンでいたずらに世界を操るという設定がユニークですね。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:最初は新約聖書や旧約聖書に書かれていることを現代風にして寓話のようにした作品を作ろうと思っていました。現代を描くならば、コンピュータや携帯は当然です。それで今の人生を描く。同時に、女性が男性と同じくらい力を持つという設定にしたんです。ただ、聖書や宗教というのは、あくまで、物語の前提であって、ひとつの枠組みに過ぎません。実際に聖書のページを繰ってみても女の人は2行くらいしか発言していませんから。まるで男性が男性のために書いたような本ですよね。この映画では、聖書に書かれてはいませんが、神様には奥さんがいて、娘もいる。その娘が反抗的で、それゆえに事件が起こることにしたんです。

なぜ、新約聖書、旧約聖書を題材にしようと考えたのですか? そもそも、なぜ神を扱おうと?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:この映画の主題は、余命を携帯メールで受け取った人々が、人生の残り時間に何をするか、どう生きるかを真剣に考えるということです。そこに持って行きやすいし、かつ、寓話としても描きやすいということでキリスト教を題材にしました。

神様は実は夫婦であったというアイディアもとても面白いです。旧約聖書の創世記で、「神は人を神に似せてつくった。すなわち男と女をつくった」とあります。このキリスト教の創世記の言葉を照らし合わせてみれば、監督の神についての考え方は正確であると言えますね。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:どの宗教もそうなんですが、男が男のために書いたような宗教ばかりで女性が出てこない。だから、女性を登場させたかった。さらに、エアが新たに選ぶ使徒6人の中に女性を入れれば、恋の物語が彼らの間で芽生えるかもしれないと思いました。使徒と使徒の間の恋愛の記述はないですからね。もしかしたら、あったかもしれないですけど、書かれていないだけで(笑)。そういうことも設定出来るので女性を入れました。この映画の最後では、もしかしたら、本当の神は女性であって、男の神は女神のコンピュータを奪ってクーデターを起こした男だったかもしれない、ということを示唆しています。

男性の神が意地悪で短気で身勝手な嫌な奴という設定ですが、どうしてそうしたんですか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:わたしには信仰心はありませんが、カトリックの環境で育ちましたから、カトリック教育も受けています。神は存在し、善なるもので、かつ全能であると教えられました。でも、善人だったら権力は持たないし、権力を持っていたら善人じゃないと思ったんです。

監督の作品では音楽の使い方がいつも素晴らしいですが、今回は特に主人公のエアがひとりひとりの心の音楽を聴き取ることができるという設定になっています。エアが新たに6人の使徒に選ぶ人物像も際立っていますが、キャラクターが先だったのか、使いたい音楽が先だったのか、どちらですか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:シナリオを書いている途中で音楽は選ぶことになりました。それぞれのエピソードのタイトルに結びついたものを選んでいて、例えば、自由に飛び立つ鳥について、あるいは若い女性と死であったり。どの人物も外面的にはとても目立たない小さな存在なんですが、音楽は荘厳であるものにしました。

監督自身の音楽をエアが聴き取るとしたら、それは何だと思いますか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:本来、自分の内なる音楽というのは他人が聴いて判断するものですが、わたしの年代だと、ジョニ・ミッチェルかな(笑)。

福音書を書き留めるヴィクトールという人物もユニークですね。識字障害なのに引き受けてしまって。しかも、携帯を持っていないので、余命メールも受け取ってないない。おそらく、一番自由な人なのではないかと思いました。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:下界に降りたエアが最初に出会う人物で、聖書の中では聖クリストフに当たるんですが、キリストを背負って歩いてくれる人です。有り得ないような友人関係をヴィクトールとエアで作りたかったんです。彼はとても大きくて、エアはとても小さい。保護者のような感じですね。普通だったら考えられない不条理な関係が成り立っていると言うことです。

この映画は余命宣告をされ、残りの人生をどう生きるかというストーリーですが、もし、監督自身がそのメールを受け取ったらどうしますか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:まず、受け取りたくないです(笑)。医者からも宣告されたくないですからね。もし、そういうことがあったら、なるべく長い間何もしないでいると思います。仕事はしません。

最後に遺したい映画をつくりたいとは考えませんか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:もう作ってしまいましたからね。わたしたちが忘れられてしまうように、映画も忘れられて行くと思います、フフフ。もちろん、長い時間が経ってからでしょうけど。千年経ったら、今の時代に何が起こったかなんて誰も考えてないと思いますよ。でも、わたしは今、生きていますからね(笑)。

どうして神様が住んでいる街がブリュッセルなんですか。監督にとってブリュッセルはどんな街ですか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:神様が住んでいるのをブリュッセルにしたのは、わたしが住んでいる街だからです。汚いし、何もうまく行かない街です。雨が降って、いつもネズミ色で、常に工事中で、建築に一貫性はないし、ぐちゃぐちゃだし。ただ、裏を返せば、良い面も同じところにあって、いろいろ多様なものが並んでいることです。ベルギーは文化も言葉も雑多に混ざった国で、他の人と同じ考えを持った人なんて誰もいないんですけど、それでもOKなんです。何もうまく行かないので、かえって自由を感じます。具体的な例としては、3月にブリュッセルの空港でテロがありましたね。ベルギーでは、すべてうまく行かないので、それも避けられませんでした。テロリストがタクシー会社に小型のトラックを依頼したのに、実際に手配されたのは小型の乗用車だったらしく、それで全部の爆弾を積み込めなかったらしいんです。何一つうまく行かないからこそ、助かった命もあったわけです。ポジティブな面もネガティブな面もあるということです(笑)。

テロの前と後では、この作品の捉え方や、メッセージは変わりましたか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:2015年の9月に公開されていますので、テロよりも前ですから直接の影響はありません。ただ、エンドロールの後の最後のシーンですね。実際に撮影したのは2014年ですから、まったく意識していなかったのですが、テロの前はみんなゲラゲラ笑っていたのが、テロの後は笑わなくなりました。

公開を楽しみに待っている日本のファンへメッセージをお願いします。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:難しいんだな、これが(笑)。気が利いていて面白いことを言わなくちゃ行けないからね。(…しばらく考えてから)この映画を上映すると、最初は男性客がたくさん笑っているけれど、最後には女性客の方が大笑いをしている。そこが面白いですよ(笑)

冒頭の方に、「普遍的な不快の法則」というのが出てきました。バスタブにつかると電話が鳴るとか、店でレジに並ぶと隣の列が必ず早く進むとか。日本でも共感を得られると思います。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:ハハハ、わたしの経験上、わたしが並ぶ列はちっとも進みません(笑)。

この映画で一番魅力的で、楽しくさせてくれるのは、エアという少女ですが、演じるピリ・グロワーヌさんはについて教えてください。

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:彼女は確固とした意志を持っています。演技が大好きで、有名女優になろうとか、キャリアを積もうとか、仕事だからということではなく、とても楽しみながら、好きだからやっているんだと思います。

最後に監督の趣味について。人生でどんなことを楽しんでいますか?

■ジャコ・ヴァン・ドルマル監督:うーん、孫の世話をすることかな。3人いるんです。あとは、何もしないのも好きです。そう、趣味は何もしないことです(笑)

善人なら権力は持たず、権力があるなら善人では有り得ない。そう言い切るジャコ・ヴァン・ドルマル監督は、男社会を象徴する権威主義に眉をひそめ、女性に敬意を払うフェミニスト。神や宗教、テロ事件についても気さくに語っていただいた。寡作ながら、質の高いオリジナリティ溢れる映画を発表し続け、今回も爆笑必至のコメディでありながら、限りある命を生きることの喜びと悲しみを、また、誰もが抱える孤独といった人生の機微をしっかり描き、観るものの心を掴んで離さない傑作を届けてくれた。

【取材・文:斉田あきこ】

最終更新日
2016-05-26 01:00:02
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