わが愛 作品情報

わがあい

敗戦後四年の秋の夜、新津礼作の通夜の席に、見知らぬ女客が現れ、死顔を素早くのぞきこみ、そそくさと去った。水島きよとだけいった。--新津は戦争中、新聞記者として活躍したが、敗戦になると、一人だけで山へこもった。久しぶりの上京の時、突然、死んだのである。妻・由岐子と二人の子が残された。--水島きよは淋しかった。死顔をのそきこんだ時、あの人の眉がピクリと動いた。何を言いたかったのだろう。きよが新津と初めて会ったのは、十七の時だった。彼はきよが身を寄せていた柳橋の叔母の待合に度々遊びにきた。芸者の秀弥といい仲だった。川開きの夜、きよは彼ら二人と飲み同室で寝た。新津がその時いった言葉《大きくなったら浮気しようね》が、きよには忘れられなかった。戦争は激しくなり、きよは成長した。縁談もあったが、断り続けた。南方の特派員から内地へ戻った新津が、ある晩、友達と訪ねてきた。上海へ発つことになったのだ。空襲の下で、きよは新津に身を投げかけていった。--一年後には、戦争は終っていた。きよは焼け残った柳橋に、従妹と住んでいた。新津は社に辞表を出し、中国地方の村で百姓をやることにして、お別れに顔を見せた。彼は空襲の夜のことは忘れているようだった、何もかも。彼の後姿が淋しげに見えた。--彼が一人で村へ行ったことを知ると、きよは矢も楯もたまらず、後を追った、すべてを捨てて。新津は便利した。やもめ暮しみたいな生活に、女の手は有難かった。きよは彼が山にいる間だけ愛してもらうつもりだ。彼は“中国塩業史”の原稿をまとめるまで山にいる。村の人々は、最初きよを妾として扱い、口もきかなかったが、彼女の男への尽しぶりに同情し、打ちとけた。新津が京都へ行った帰途、東京の自宅へ寄ったことが、きよを悲しませ、死のうと思わせた。彼女の愛の底に、その悲しみは本質的によどんでいた。新津の子の誕生日に、彼が上京する時、きよはその支度に励んでいながら、出立を必死におしとどめていた。きよは彼が妻の方を愛しているように思えた。女の一方的な愛。が、新津の本当の気持を知った時、彼女は期限つきで身をひけるだろうか。--一緒に上京した時、彼は倒れ、そのまま死んだのだ。きよは、山の家を片づけ、雨にうたれて去りながら、新津がいいたかった言葉を悟った。《きよ、ありがとう》三年間の御礼の言葉だったに違いない。彼女はその時やっとわが愛について確信した。《わたしは愛したわ!》

「わが愛」の解説

井上靖の『通夜の客』を、「硫黄島(1959)」の八住利雄が脚色し、「からたち日記」の五所平之助が監督した抒情編。「伴淳の三等校長」の竹野治夫が撮影した。

公開日・キャスト、その他基本情報

キャスト 監督五所平之助
原作井上靖
出演有馬稲子 佐分利信 丹阿弥谷津子 田代久美子 谷昌和 高橋とよ 川口京子 河野秋武 安部徹 笹川富士夫 陶隆 青山宏 中台祥浩 福岡正剛 石井富子 乙羽信子 水原真知子 東山千栄子 浦辺粂子 左卜全 左多美子 中村是好 関千恵子 和歌浦糸子 小田切みき 鈴木房子 夏木恵梨 二葉和子 西村公恵 椋橋麗子 高岡成計 立花広二 小田草之助
配給 松竹
制作国 日本(1960)
上映時間 97分

ユーザーレビュー

総合評価:4点★★★★、2件の投稿があります。

P.N.「はるの宴」さんからの投稿

評価
★★★★★
投稿日
2017-11-12

中学生の頃、当時の白黒テレビで観ました?記憶にあるのは、田舎家の囲炉裏端で佐分利信と有馬稲子が喋っているシーンと、佐分利信が蚊帳から出る前に寝ている女の子(有馬稲子扮するヒロインの女学生時代の子役)の耳元で「きよちゃん、大きくなったら浮気しような」と囁く場面だけです。その後原作を何度も読んだ大好きな作品ですが、もう一度観たいと、ずっと思っていました。

最終更新日:2024-03-09 02:00:08

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